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桜が散る前に



こちらの続きです。



慣れ親しんだ校舎に別れを告げる。
私は、今日、高校を卒業した。

中高一貫のこの学園に入学してから、思いがけない人と出会ったけど、その人とは特に何もなかった。

「卒業おめでとう! まだ残っていたんだな!」

その人──歴史教師の煉獄先生は、教室に残っている私を見つけると、笑顔でそう言ってくれた。
その笑顔が、記憶の中の明るい笑顔と重なる。

「ありがとうございます」

私はにっこりと微笑んでみせる。作り笑いや嘘は、随分上手くなった。

だって、あの日から百年以上経ってるんだもの。

もちろん、私はおばあちゃんじゃない。今日までだけど、女子高生だ。

じゃあ、何故、百年以上前の話をするのか。
それは、私には前世の記憶があるからだ。百年以上前に、人食い鬼と戦った記憶が。

私の前で笑っている煉獄先生も、その記憶に登場する。

私に告白してきて、とある約束という名の上官命令を取り付けておいて、約束を果たす前に死んでしまった人。
死んでから気付いた、私の大好きな人。

「ちょっと名残惜しくて……まだ帰りたくないなあって」

私が眉を下げると、煉獄先生は優しく微笑む。

「そんなに学園が好きだったのか?」

私は何も言わずに、笑顔だけを返す。
好きなのは、学校じゃなくて貴方なんです──って、言えたら苦労しないんだけど。

前世も今も、私はなかなか素直になれない。
前世は家柄や身分がどうのと悩んでいたし、今は教師と生徒という立場に悩んでいる。

煉獄先生は高等部の担当だから、中等部ではあまり関わりを持てなかった。だから、高等部に上がってからの三年間、彼をずっと見てきた。

私が思うに、彼には前世の記憶がない。そんな彼に、生徒である私が想いを告げたら、迷惑以外の何物でもないだろう。

そう思って、百年以上引き摺っているこの恋は、未だに表に出せずにいる。

せめて、彼と同年代に生まれたかった。人生とは上手くいかないものだ。
ああ、でも、高校生じゃなくなった今なら、告白するぐらいは許されるだろうか。きっと、彼にとって私は生徒の一人でしかないから、受け入れてはもらえないだろうけど。

「煉獄先生、私ね……」
「これから時間はあるだろうか!」
「は?」

私の言葉を遮って、煉獄先生が大きな声を上げる。本能的に、私の言わんとしていることを聞くことに危機感を覚えたのだろうか。

私は、あの日のように、失礼な聞き返しをしてしまう。
それでも、煉獄先生もあの日のように、優しく微笑んだままだった。

「元気が出る場所を知っているんだ! ついておいで!」
「え、あの……私、そんなに元気無さそうですか?」
「ああ! この世の終わりみたいな顔をしている!」

そうなのか。そんな顔をしている自覚はなかった。

でも、そうかも。煉獄先生がいない人生なんて、世界が終わったのと同じだから。意味なんてないから。
私はぐずぐずと鼻をすすりながら、最後の思い出を作るべく、煉獄先生に着いていった。


*****


連れてこられたのは、学園の近くの森というか山というか、とにかく人が立ち入らないようなところで。

ローファーじゃなくてスニーカー派でよかった、なんてこっそり思う。煉獄先生は革靴で、よくこんな険しい道を涼しい顔で登れるな、と感心する。
というか、革靴どろどろだけどいいのかな。

「着いたぞ!」

お疲れ。よく頑張ったな。なんて声が降ってきて、私は顔を上げる。

上げてから漸く気付いたけど、私はいつの間にか下を向いていたらしい。
息は切れていて、三月だというのに汗をかいていて、自分の体力の無さを思い知る。
前世の私、生きるためにすごく頑張ってたんだな。
今、鬼狩りしろって言われたら、修行の段階で死んじゃう。

煉獄先生を見ると、彼は明るい笑顔で上を指差していた。

その指を辿って上を見れば──青空に映える、満開の桜。

今年の冬は暖かかったからかな。
薄いピンクの花が堂々と咲き誇っていて、なんだかあの桜みたいで、鼻の奥がつんとなる。

こんなの、元気が出るどころか、辛くなるじゃないか。
しかし、煉獄先生の厚意を無下にするわけにはいかない。頑張って笑顔を作ろうとした瞬間、辺りに力強い声が響き渡る。

「好きだ!」

直球すぎる告白に、私はぽかんとしてしまった。
全くの予想外だったので、開いた口が塞がらない。

ゆっくりと煉獄先生に視線を戻す。

「随分と遅くなったが、あの日の約束を果たしたい!」
「んひぇ……?」

自分でも引くぐらい間抜けな声が出た。
煉獄先生が何を言っているのかわからない。
いや、正しくは、『何を言っているのかはわかるけど、脳の処理が全く追い付かない』だ。

「え、え? せんせい、ほんとにせんせい?」

混乱したまま出た言葉は、意味を成すものではなかった。
何を言っているんだ、私は。彼は紛れもなく煉獄先生だ。

それを聞いた煉獄先生は吹き出して、豪快な笑い声を上げる。

「ああ、先生だぞ!」

私のおかしな問いにちゃんと答えてから、こちらに歩み寄ってくる。
近くで見る煉獄先生の顔は、ほんのり赤くなっていた。

「来年どころではなくなったが、返事を聞かせてもらえるか?」

その言葉で、やっと理解が追い付いて、目頭が熱くなるのを感じる。煉獄先生の顔を見たいのに、視界が滲んでよく見えない。

「どうして、今更……」

やはり私は素直じゃなくて、口から出たのは、彼を責めるような言葉だった。

「今日まで待っていたんだ。君が高校を卒業するまで」
「真面目……」
「先生だからな!」

今度は、小さく笑う声が聞こえる。
それにしたって、記憶があることぐらい、教えてくれてたらよかったのに。まんまと騙された。

悔しくて、悲しくて、でもすごく嬉しくて、泣きながら笑うしかなかった。
ぐじぐじと涙を拭っていると、また煉獄先生が吹き出す声が聞こえた。

「君は、本当に愛らしいなあ」

これはきっと、あの日聞けなかった言葉だ。

涙を拭い終えて、彼を見上げる。眉を下げて、柔らかく目を細めた彼と目が合った。

煉獄先生は──炎柱様は、私のことを可愛いと思ってくれていたんだ。
あの日、こんなに蕩けた笑顔で私を見てくれていたんだ。
そう思うと、『悔しい』と『悲しい』が小さくなって、『嬉しい』が大きくなって、新たに『恥ずかしい』が加わった。

私はきゅっと唇を噛み締めて、飛ぶように背伸びをして、煉獄先生の首にすがり付いた。
今日くらいは、素直になってみようと思って、小さく息を吸う。でも、恥ずかしいから顔は見れない。

「私も……私も、ずっと好きです。炎柱様」

思わず、昔の呼び方をしてしまった。煉獄先生が一瞬びくっと震える。

数秒ほど経って、煉獄先生が私の二の腕を掴んだ。引き剥がそうとしてくるから、ちょっと抵抗してみたけど、割とあっさり引き剥がされた。

顔が熱くて、煉獄先生と目を合わせる勇気がなくて、自然と目を逸らす。

「こっちを見なさい」

静かな声が降ってくる。

「恥ずかしいので無理です……離してください……」

なんとか捻り出した声は情けないくらい小さくて、震えていた。そのせいで、恥ずかしさが倍増する。

「むう……」

煉獄先生は何か考えるように唸る。
何を考えているのだろう、と思っていたら、頬にぬるりとした生暖かい感触。

「きゃあああ!」

お手本のような悲鳴が出た。
今のはなんだ、と恥ずかしさを忘れて煉獄先生を見ると、妙に色っぽい笑みを浮かべていた。この顔は、百年前にも見たことない。

「大人しくしていたら、すぐ終わるから」

笑みと同じく色っぽい声で囁かれて、私の心臓は跳ね上がる。

「その台詞、なんか犯罪者みたいですよ!?」

誤魔化すように叫んだ言葉も、煉獄先生は笑って受け流すだけだった。

煉獄先生の顔が近付いてきて、また頬に生暖かい感触がした。おそらく、涙の跡を舐められている。
彼の舌は、頬から耳に移動して、耳朶を唇で食んだかと思うと、首に下がっていく。
首筋を舐められ、軽く吸われる。首どころか背中までぞくぞくして、出したくないのに甘い声が勝手に漏れる。

ネクタイやブラウスに手を掛けられてる感覚がするけど、さすがに初めてが外はあんまりだ、と思って、彼の肩を強く押す。

私の意図を察してくれたのか、彼はそっと離れてくれた。しかし、見下ろしてくる瞳には熱が籠っている。

待ってください、と言おうとして口を開いたけど、声を発する前に無理矢理上を向かされて、荒々しく口を塞がれた。

「んん、ふっ……」

全部初めてなのに、舌は深く絡められ、大きな手が腰を這うものだから、快感を処理できなくて脳が蕩けてしまいそうだ。
息も苦しくなってきた頃、漸く唇が離された。

「すまん。長い間我慢していたから」

煉獄先生の吐息も熱い。

「しかし、制服はまずいか」
「じゃあ、着替えて来てから、続きを……」

私の言葉に、煉獄先生が息を呑む。

頭がふわふわする。なんだか、とんでもないことを言ったような……でも、いいや。

今度こそ、この声が枯れるまで、貴方を愛すると決めたから。







 




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