3
出立の日、ガイアスが一人の人間を連れて迎えに来た。
「私が護衛を務める」
短く告げたのは、黒髪に黒衣を纏った青年だった。
年の頃は、ガイアスより少し下だろうか。
「ジュリアです。よろしくお願いします」
ジュリアは深々と頭を下げる。
故郷まで護衛してもらえるなら、関係は良好にしておくに越したことはない。
「四象刃(フォーヴ)のウィンガルだ」
「フォーヴ?」
聞いたことがない単語に、ジュリアは首を傾げる。
ガイアスは頷いてから答える。
「ア・ジュールに伝わる聖獣だ。それが持つ武器の名を冠している。四人の精鋭を揃えるつもりだ」
「えっと……つまり、王様の側近ですか?」
「そのようなものだ。厳密には兵士だが」
ジュリアは少しの間ぽかんとした後、「いやいや」と首を横に振る。
その顔は少々青ざめていた。
「護衛だけでもありがたいのに、そんなだいそれた人……」
「せめてもの罪滅ぼしだ」
ガイアスが遮るように言う。
王にそこまで言わせては断るわけにもいかない。
ジュリアは小さく頷いた。
*****
──寒い
だが、数日前のような、命を奪う脅威ではない。
今は防寒具を与えられ、精霊術や火で暖を取ることもできる。
ただの異国の気候だ。
「ウィンガル、頼んだぞ」
「はっ」
ガイアスとウィンガルが短い言葉を交わす。
ガイアスはジュリアに向き直り、控えめに手を伸ばす。
ジュリアは身構えて息を呑むが、避けなかった。
その手はジュリアの頭に乗り、想像より遥かに優しくそこを撫でる。
ジュリアは顔を上げてガイアスの顔を見ようとするが、彼の腕が邪魔でよく見えない。
「あの……」
「そういえば、名乗ってなかったな。ガイアスだ」
「えっ、あ、ジュリア、です……」
辛うじて見えたガイアスの口元が、僅かに緩んだ気がした。
*****
部屋の中に、暖炉の火が爆ぜる音だけが響く。
部屋の中には、ジュリアとウィンガルの二人。
普段なら宿は二部屋取るのだが、一部屋しか空いてなかったのだ。
「私は廊下で寝るから安心するといい」
ウィンガルが淡々と言う。
ジュリアはふるふると首を振る。
「気にしません。私はソファで寝ますので」
相手は男性とはいえいくつも年上で、自分は子どもだ。
彼からしたら眼中にないだろうし、男女の間違いを気にする年齢でもない。
「貴女が気にしなくても、私が気にする。王の客人として護衛しているのだから」
「そうですか……すみません」
返す言葉が見つからなくて、ジュリアはぽつりと謝罪する。
決して、ウィンガルに邪な考えは存在しない。
王の部下として、護衛として、正しい線引きをしているだけだ。
それよりも、感じたのは──
「王様のこと、大事なんですね」
王の客人だから、という理由で、小娘にも気を使う程に。
ウィンガルはふっと笑って、「そうだな」と返す。
しばらく沈黙が流れる。
「王は、昔から強いお人だった」
誰に聞かせるでもないような声。
それでも、ジュリアは耳を傾けた。
ガイアスは字(あざな)で、本名は別にある。
彼は、弱小部族の出身で、力を持ちながらも差別を受けてきた。
リリアルオーブなしで闘技大会を勝ち抜き優勝したにも関わらず、身分の問題で優勝を取り消されたり。
十年前のファイザバード会戦に出陣し、戦果をあげたこともある。
その最中、襲い来る大津波を察知したものの、撤退を聴き入れてもらえず、彼を除いて部隊は全滅した。
大部族であるロンダウ族の当時の族長は、ウィンガルの父で、ガイアスは彼を手に掛けた。
次いで族長になったウィンガルをも屈服させ、その後は破竹の勢いでア・ジュールを纏め上げた。
全ては、弱者を守る為。
力ある者が、責任を果たす為。
「だから、あの方は決して貴女を政治の道具にしたりしない」
そう締めて、ウィンガルは部屋を出ようと扉に向かう。
「あの、ウィンガルさん」
「ウィンガルでいい」
呼び止める声に、ウィンガルは振り向く。
「王様が、子どもを道具にしないっていうのは、わかってます」
「そうか」
それと、とジュリアは不安そうな顔になる。
「私は、政治の道具になるような人間じゃありません。何かの間違いです」
自分は、田舎の治療院の娘で、それ以上でもそれ以下でもない。ただの一般人だ。
そう思い込むようにした。
政治の道具と言われたり、ラ・シュガルの姫と言われたり、知らない名前で呼ばれたり。
考えたくないことだらけだった。
ウィンガルはジュリアの表情を見てから、しっかりと頷いた。
「そうだな。貴女はただの子どもだ」
その言葉に安心して、ジュリアはその日よく眠ることができた。
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