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「では、ここで」
村の出入口付近で、ウィンガルが短く別れを告げる。
「はい。ありがとうございました」
ジュリアは深々と頭を下げる。
頭を上げてから続ける。
「あの、お礼なんですけど、私はまだ働いてなくて、両親も裕福ではなくて……いつか、働き始めたら……」
「子どもがそのようなこと、気にしなくていい」
ウィンガルは半ば呆れたように言う。
この子どもは、気を使いすぎだ。
ガイアスもウィンガルも、ア・ジュールの都合で拐われた少女を、穏便に故郷へ返しただけだ。
それに礼を払う発想がおかしい。
何だったら、ア・ジュール側から慰謝料を払うべきではないだろうか。
「そもそも、貴女の意思でア・ジュールに来たわけではなかっただろう」
ジュリアはぱちぱちと目を瞬かせて、へらっとはにかんだ。
「あはは……そうでした」
その表情が年相応の少女のもので、ウィンガルも釣られて頬を緩める。
ここまでの道中で、妹ができたような気分になっていた。
「お元気で。王様にもお礼を伝えてください」
「承知した。村に入るまでここで見ているから、安心して帰るといい」
「はい」
ジュリアはもう一度頭を下げてから、村の入口へ走っていった。
ウィンガルはア・ジュールの人間だ。
それも、王の直属の兵士だ。
本当は、家に招いて食事にでも誘いたかったが、ラ・シュガルに長居するわけにも、王の側を長く離れるわけにもいくまい。
こうして、ジュリアは無事に自宅へと帰ってくることができた。
*****
戻った日常。以前と変わらぬ日々。
──否、少しだけ違う。
弟のジュードが、以前よりついて回ってくるようになったし、両親も少し過保護になった。
出掛ける際は一人で行かないように。
寝る時は弟か両親と一緒。
「ねえさん、いかないで」
「でも、ソニア先生の稽古が……」
ジュードが縋り付いてきて、ジュリアは困ったように笑う。
完全に、離れた日々がトラウマになっている。
まあ、いじめっ子から守ってくれる、慕っている姉が突然何日も行方不明になっていたら、無理もないか。
ジュリアはため息を吐いて、ジュードの頭を撫でる。
「じゃあ、ジュードも来る? レイアのリハビリもあるし」
にっこり笑うと、ジュードは恐る恐るといった感じで頷いた。
ソニアとは、ジュードの幼馴染であるレイアの母親で、ジュリアに護身術を教えてくれているのだ。
今までは一人で稽古に向かっていたが、ジュードが離れないならいっそ連れて行ってしまおう、と思ったのだ。
ジュードも護身術を習うようになって数週間。
弟は、ソニアやジュリアにてんで敵わないが、稽古を止める気はないようだ。
「看護師さんや侍女さん、元気かな……」
ジュリアはぽつりと呟く。
ア・ジュールで看病してくれた、看護師や侍女。
拐われて、熱を出して辛くて、心細かったところに、優しく接してくれた人達。
彼女達のおかげで、安心して回復に専念することができた。
「看護師さん、侍女さん……お医者さん……」
医者。
今まで、自分の将来のことなど考えたことはなかったが、医者という選択肢があることに気付く。
ジュリアの実家は治療院だ。
両親とも医療従事者。
自分が医者になるのは、何もおかしいことではない。
医者になって、実家を継いでもいい。
いや、それはジュードが継ぐかもしれないが。
どちらにしろ、医療従事者への憧れが芽生えた。
あの看護師のように、誰かを安心させられる存在に慣れたら。
「思い立ったが吉日よね」
ジュリアはその日、早速両親に医学校へ行きたい旨を伝えた。
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