5
ラ・シュガルの首都イル・ファン。
そこにあるタリム医学校にジュリアが入学して、3年が経っていた。
「このまま行けば、あと一、二年で卒業できるだろう。卒業後は、実家に?」
教授に尋ねられ、ジュリアはふわりと微笑む。
「ありがとうございます。はい、実家の治療院を手伝うつもりです」
そして、いずれは寒さの厳しいカン・バルクへ医療支援に。
敵国に行くだなんて言ったら、この気の弱い教授が倒れかねないので、それは口に出さなかった。
教授との雑談を終え、下宿先へ帰るところだった。
人気の少ない路地に、見知らぬ男性が二人。
いかにも怪しい、大きな麻袋を持っていた。
それこそ、人ひとり入りそうなくらいの。
(関わるべきではないわね)
ジュリアは警備兵を呼ぼうと、不自然でない程度に踵を返す。
「待て!」
関わりたくなかったのに、この男性二人はどうやらジュリアに用事があるらしい。
本気で逃げるか、と足に力を込めたところで、男性の一人がにやりと笑う。
「実家の両親と弟は元気か?」
目を見開き、思わず振り向くジュリア。
「ル・ロンドは遠いな。今頃、我らの仲間が到着している頃だろう」
「何が言いたいの……?」
じりじりと、男性達が近寄ってくる。
「家族の命が惜しければ、我らと共に来てもらおう」
この男達の言っていることを信じる義理はない。
だが、もし本当だったら。もし、ル・ロンドにこの男達の仲間が居たら。
きっと、ジュリアが様子を見に行くよりも前に──
「行き先は?」
「カン・バルクだ」
またか、とジュリアは呆れる。
三年前、ガイアスにあれだけ怒られて懲りていないのか、と。
それとも、彼らは三年前のことを知らない人間なのだろうか。
ジュリアは大人しく、麻袋に入れられた。
*****
道中、ジュリアは荷物扱いだった。
食事はおろか、水もろくに与えられず、トイレは最低限。
麻袋の中から外は見えなかったが、周囲の気温の変化で、カン・バルクに近付いていると分かる。
三年前より幾分かましだ。
それでも、通気性の良い麻袋からは冷たい風が吹き込んでくるし、雪解け水も染み込んでくる。
ジュリアは、医学校の制服のままだった。
半袖。イル・ファンの気候に合わせた薄着。
とても雪深いカン・バルクで耐えられる格好じゃない。
(利用したいなら、もっと丁寧に扱いなさいよ……)
毒づこうとして、体力の無駄だと止める。
しばらくして、風の冷たさが収まる。
(建物に入ったのね)
ここがどこかはわからないが、カン・バルクのどこかだろう。
途中、足音が増える。
「お前、もう戻ってきたのか」
「いいだろ。ラ・シュガルの姫は捕まえたんだし。ル・ロンドって何もなくてつまんなくてよ……」
「まあ、あとは王に届けるだけだしな。他の奴は?」
「他もみんな帰って来てるよ」
これは良いことを聞いた、とジュリアは口角を上げる。
もう、ル・ロンドにア・ジュールの兵士はいない。
しばらくすると、乱暴に床に降ろされ、ジュリアは足を軽く捻る。
悲鳴を上げるほどの痛みではない。
「ガイアス王! ラ・シュガルの姫は、利用できる年頃になりました!」
三年前のような、兵士の興奮した声。
王に褒められると思っているのだろう。
しかし、降ってきたのは低い声だった。
「またか」
呆れたような声。
でも、懐かしい声に、ジュリアの目頭は熱くなる。
「と、とりあえず見てください! 見目も大分ましに……」
兵士が慌てながらも、麻袋を開く。
後ろ手に縛られ、猿轡を噛まされたジュリアが部屋の明かりの元に晒される。
雪解け水に濡れ、震える身体。
袖の短い薄着。
それでも、眼差しだけは力強く、ガイアスを見上げていた。
「大丈夫か」
ガイアスは、思わず口から出た言葉に、自分自身でも少し驚く。
だが、その問いに、ジュリアの眼差しが鋭くなる。
「んんっ、んんん」
猿轡の下で、言葉にならない声を上げるジュリア。
「縄を解いてやれ」
「し、しかし……」
「解いてやれ」
三度目はない、と言いたげな声色に、兵士は怯えながらジュリアの猿轡を解く。
手首の縄に手を掛ける前に、ジュリアが起き上がり、そのままゆるゆると立ち上がった。
「大丈夫に見えるの……?」
寒さに震えるこの身体が見えないのか。
明らかに、怒りを含んだ声。
「この三年で、ア・ジュール王の目は随分節穴になったのね」
ガイアスを睨みつけてから、縄を引き千切った。
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