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緑の鈴を貴女に願う 後日談if@
設定盛りすぎなのでやめた話
無事、十八歳に戻った深月は、庭で千寿郎に稽古を着けている杏寿郎を見つめている。
血鬼術にかかって、五歳まで体も記憶も退行し、一晩ごとに成長しながら、本来の年齢まで戻った。
成長するごとに、当時の記憶は鮮明になり、深月はあることを思い出していた。
それは、深月が十一、二歳頃のことだった。
*****
その日、深月は父の仕事の付き合いで、少し離れた町まで来ていた。
当時はわからなかったが、おそらく深月の将来の縁談のために、その頃はいろんな人物と会わされていた。
だから、おめかしをさせられ、いつも以上に立ち居振舞いに気を付けるように言われていた。
相手は主に父の仕事関係の人で、その子息を何人も紹介された。
深月にとって赤の他人に会う時間は苦痛で、一度だけ抜け出したことがある。それがその日のことだ。
父に『町を見て回る』と書き置きを残し、深月は連れて行かれた家をこっそり後にした。
まだ幼く、上等な着物を着ていて、一人歩きしている深月は、さぞかし目立っていたことだろう。
そのうち、少し年上の少年達に話し掛けられた。
どこに行くのか、何をしているのか、と。
至極つまらない、ありきたりな内容だった。
深月は何も答えず、その場を去ろうとしたが、少年達はそれを許さなかった。
深月の腕を掴んで引き止め、話を続けようとする。
それが不快で、深月は眉をひそめる。
「離してください。私は貴方達に用はありません」
冷たく言い放つが、少年達はにやにや笑うだけだった。
そこで、通りに響くような大声が聞こえてきた。
「やめないか!その子は嫌がっているだろう!」
深月や少年達どころか、通りに居たほとんどの人間が声の主の方を向く。
声の主はまだ少年で、所々が赤い燃えているような髪色だった。道着を着て、おつかいの途中だったのか、荷物を抱えている。
それを見て、少年達が下卑た笑みを浮かべる。
「こいつ、あの家の子供だ!」
「知ってる!鬼がどうのって言ってる家だろ」
「父親がおかしくなっちまったから、母親も病気なんだろ!」
深月には、彼らが何を言っているのかわからなかったが、声を掛けてくれた少年を侮辱する言葉だということはわかった。
「みっともない」
深月は鋭く目を細める。
「寄って集って、私を捕まえて、一人を貶めて、見苦しいったらないわ」
深月の言葉に、燃える髪色の少年はぽかんとする。
恥ずかしくなったのか、少年達の一人が激昂し、深月を打とうと手を上げる。
しかし、その手は燃える髪色の少年に掴まれ、背中に回される。
ぎりぎりと関節が悲鳴を上げ、手を上げた少年は悲鳴を上げる。
燃える髪色の少年がすぐに手を離すと、少年達は彼に向かっていこうとする。
「今度は、寄って集って一人を痛めつけるの?格好悪い」
深月の言葉に、少年達はピタッと止まる。
どうやら、格好悪いことをしている自覚はあったようだ。
そして、少年達は周囲の大人達の様子に気付く。
「またあの子らよ」
「弱いもの苛めが好きなのねえ」
大人達は、呆れた顔で彼らを見ていた。
中には、助けに入ろうと足を進めている者も居た。
少年達は羞恥で顔を真っ赤にして震え、逃げるように走り去っていった。
深月は少年達に掴まれた部分の袖を軽く払って、燃える髪色の少年に近付く。
少年は、深月より少し小柄だった。
深月は、声も大きく勇敢な彼をてっきり年上だと思っていたので、内心驚く。
しかしあまり顔には出さず、少年に頭を下げる。
「声を掛けてくれてありがとう」
少年はぶんぶんと首を横に振った。
「いや、何も出来なくてすまん!」
そう言った少年の顔が、心なしか落ち込んでいるように見えて、深月はふわりと微笑む。
「何も出来なくなかったよ。私が打たれないように、庇ってくれたじゃない」
再度、礼を言いながら少年の手を握る深月。
少年は恥ずかしそうに俯いた後、顔を上げて太陽のような笑顔を浮かべた。
その顔に少しどきっとして、それを誤魔化すように、それにしても、と深月は眉をしかめる。
「人の家の事を悪く言うなんて、本当に格好悪い人達ね。貴方は優しいのに」
それこそ、見ず知らずの自分を助けてくれるほど、優しい少年だ。
少年は一瞬目を見開いた後、嬉しそうに微笑んだ。
「お嬢様!」
そこで、咎めるような声が響いた。
深月が恐る恐る後ろを振り向けば、眉を吊り上げている使用人が居た。
「大事な席を抜け出した挙げ句、お一人で出歩くなんて、何を考えているんですか!お父様はご立腹ですよ!さあ、戻りましょう!」
「ごめんなさい。でも、待って、その子に……」
使用人に手を引かれながらも、深月は燃える髪色の少年を振り返る。
何かお礼をしなければ、と思った。
彼が大声で声を掛けてくれなかったら、周りの大人達にも気付いてもらえなかったかもしれない。
「ねえ待って!その子がね……」
「新しいお友達ですか?可哀想ですが、貴女の立場上二度と会うことはできないでしょう!」
使用人は厳しく言って、ずんずん進む。
深月は困ったように眉を下げる。使用人は怒っていて、話を聞いてくれない。
せめて名前を、と思って燃える髪色の少年を見ると、彼は深月に向かって小さく手を振っていた。
「あのっ!ありがとう!またね!」
深月は精一杯声を出して、少年に笑顔を返した。
使用人にはしたないと叱られたが、またあの少年に会いたいと思った。
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