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第四章 一
夜闇の中、深月は目の前のそれに息を呑む。
それは、死んだ両親、弟妹へと姿を変え、深月に襲い掛かる。
それが自分の家族ではない、と。
血鬼術に惑わされているだけなのだと、頭ではわかっている。
しかし、深月には家族の姿形をしているそれに刀を向けることが出来なかった。
深月の傷が増え、呼吸が荒くなった頃、それは槇寿郎や千寿郎の姿に変わった。
深月は血が出るほど唇を噛み締める。
死んだ家族も、生きている家族も、深月の大切な人達が鬼に弄ばれている。
それを倒せない自分に腹が立って、日輪刀を構え直す。
次に、それは杏寿郎へと姿を変えた。
微笑んで手を差し出してくるその姿に、深月は血が沸騰するような気がした。
「炎の呼吸 伍ノ型──炎虎」
直ぐ様、暗器をいくつか投擲し、炎の呼吸を繰り出す。
油断していたのだろう。
杏寿郎の姿をしたそれは、暗器の毒によって思うように動けなくなった。
ふらつく足で深月の剣を避ける。
深月は二撃、三撃と間を開けずにそれに斬りかかる。
杏寿郎の姿をしたそれの顔が、苦痛に歪む。
「止めてくれ!」
杏寿郎の声で、そう叫ぶ。
深月は日輪刀を握り締め、その首を斬り落とした。
「杏寿郎さんはもっと強いの。そんなこと絶対言わないから」
灰へと崩れていく首を見下ろしながら、深月は冷たく言い放った。
杏寿郎の姿をしていた首は、本来の姿へと戻っていく。
その瞳には、『下陸』と刻まれていた。
鬼の首も体も消え去り、深月はしばらく呆けた後、顔を真っ青にする。
「うそ……そんなことある?」
片目とはいえ、鬼の瞳に刻まれた『下陸』は十二鬼月である証だ。
杏寿郎が柱になってから、二年程経とうとしている。
その間、深月は甲まで登り詰めた。
階級が甲で、十二鬼月を倒したということは、柱への昇格条件を満たしてしまった。
深月は深く呼吸して、自分を落ち着かせようと考える。
今夜の任務は、他の隊士数名と合同だった。
十二鬼月の可能性がある鬼とは聞かされていなかったが、幻術を使う強い鬼と報告を受けていたからだ。
他の隊士達も幻術に惑わされながらも、鬼を斬っていた。
弱った鬼がたまたま深月と対峙し、たまたま深月が止めを刺したのだ。
つまり、自分は柱へ昇格するに値しない、と深月は結論付けた。
それに、いつの間にか昇格していた蜜璃も含め、柱は今九人いる。
九人というのは、柱の最大人数だ。
その中には、炎柱として杏寿郎も名を連ねている。
杏寿郎が居る限り炎柱にはなれないが、それでいいと──それがいいと深月は思っている。
杏寿郎が今すぐ炎柱でなくなるということは、彼の死か怪我による引退を意味している。彼が年老いて引退するならともかく、そんな未来は望んでいないのだ。
もし深月が昇格条件を満たしたことで、万が一にも杏寿郎が『いつ自分が引退しても安心だ』などと思ってしまうのは嫌だった。おそらく、杏寿郎はそんなことを思わないが。
給金だって、今の階級でも充分すぎるほど貰っている。柱になる必要はない。
深月は周囲を確認する。
他の隊士達はほとんど気絶していて、鬼の瞳を見た者は少なそうだった。
降り立ってきた鎹烏を肩に乗せ、深月はふっと微笑む。
「誰にも言っちゃ駄目よ」
今夜、深月が倒したのは強い鬼だ。
十二鬼月ではなかったが、強力な幻術を使う鬼。
そう鎹烏に言い聞かせて、深月は他の隊士達や隠達に口止めをして回った。
*****
下弦の陸を倒してから数週間。
深月は罪悪感に苛まれていた。
まさか、任務に関することで、杏寿郎に大きな隠し事をする日が来るとは思わなかったのだ。
今までも、へまをしたとか、どこぞの隊士と口喧嘩したとか、小さい隠し事はしていた。
しかし、『十二鬼月を倒しました』なんて、とんでもない秘密は初めてで、深月は溜め息を吐く。
深月は現在、杏寿郎の婚約者兼継子という立場だ。
婚約者に対しても、師に対しても、とんでもない秘密を抱えるというのは気分が悪い。
「どうした?元気がないな!」
突然、背後から声を掛けられ、深月はびくっと肩を跳ねさせた。
この快活で大きい声は、と後ろを振り返る。
案の定、杏寿郎だった。
深月はにこっと笑って、先程の溜め息を誤魔化す。
「元気ですよ。ご心配ありがとうございます」
「そうか。俺の勘違いだったか」
杏寿郎は安心したように微笑んで、深月の頭を撫でる。
それが心地好くて、深月は杏寿郎に擦り寄る。
杏寿郎は近付いてきた深月を抱き締め、また頭を優しく撫でる。
「今日は甘えん坊だな。やはり何かあったのか?」
「んー、秘密です。でも、元気なのは本当です」
深月は杏寿郎の腕の中で顔を上げ、ふふっと微笑む。
秘密と言われてしまえば、あまり追及もできない。
しかし、元気そうなのでよしとするか、と杏寿郎は深月を抱き締める腕に力を込め、彼女の髪に口付ける。
深月の髪は甘くていい匂いで、杏寿郎は幸せそうに目を細めた。
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