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第四章  七


どうして炭治郎と禰豆子を庇ったのか。
那田蜘蛛山で何を見たのか。

耀哉に二つ質問され、深月は正直に答えた。

庇ったのは私情である、と。
死んだ弟妹が生きていれば、彼らくらいの年になっていたので、姿が被ってしまった、と。

那田蜘蛛山では、禰豆子が炭治郎と共に鬼を倒そうとしていたのを見た、と。
カナヲに何度斬りかかられても、禰豆子は一度も反撃しようとしなかった、と。

「それで鬼を庇うなんざ、お前の弟妹も鬼だったのかァ?」

不死川の言葉に、深月は彼を一瞬睨み付けたが、結局口を噤んで俯いてしまう。

鬼を庇ったせいではあるが、随分と嫌われたものだ。
本当だったら、不死川に掴みかかって怒鳴り散らしたかった。
しかし、これ以上杏寿郎の顔に泥を塗るわけにはいかない。

「実弥、下の子に意地悪してはだめだよ」

耀哉が不死川を諭すと、不死川は悔しそうな顔で黙り込んだ。

そこで、冨岡が深月を見ながら口を開く。

「その隊士は、一度あの兄妹を見捨てようとしていた」

見捨てようとしたと言うと聞こえが悪いが、一旦は鬼殺を優先しようとした、という意味だ。

しのぶも那田蜘蛛山での出来事を思い出すように、 口元に手をやる。

「そういえば、深月さんはあの時、竈門君達から離れて、彼らに謝っていましたね。でもその後、彼らが兄妹だと知って、庇うことにしたみたいでした」
「だから、それが何なんだァ!こいつを処罰するなとでも言いてぇのか!?」

不死川が声を荒げると、耀哉がふっと笑って「そうだよ」と答えた。
それに驚いた柱達は目を見開き、深月は勢いよく顔を上げた。

「深月は鬼を庇った。しかしそれは、色々考えてのことだったんだ。あまり厳しくしないでやってくれないか。杏寿郎だって、深月を虐めたいわけではないだろう?」
「それは……」

耀哉に問われ、杏寿郎は一瞬本心を話しそうになる。

できれば、深月に処罰など与えたくない。彼女のしたことは隊律違反で許されないことだが、苦しむ深月を見たくはない。

しかし、杏寿郎は気を取り直し、炎柱として、深月の師として、正しい答えを口にする。

「ここで彼女を許せば他の隊士に示しがつかないかと!処罰は受けさせます!」
「そうか。でも、できるだけ優しくしてあげてほしい」

杏寿郎は少し悩んでから、その言葉に頷いた。

その辺りで、深月についての話し合いは終わり、柱合会議はお開きとなった。

柱達の殆どは、深月の処罰を決める目的で彼女を呼びつけたのだが、耀哉の意向により、減刑という形に終わってしまった。

帰り際、不死川や伊黒あたりは、信じられないという目で深月を睨み付ける。

その視線から逃れたくて深月が隠れたのは、杏寿郎ではなく蜜璃の背中だった。
姉弟子に頼られたことが嬉しくて、蜜璃は深月を抱き締める。

「深月ちゃん、怖かったのね!もう大丈夫よ!」

年下で妹弟子の蜜璃に抱き締められながらも、深月は嬉しそうに彼女の頬に自分の頬を寄せた。
その行為に蜜璃は真っ赤になり、深月を抱き締める腕にも力が入る。

それを見た宇髄が思わず感嘆の声を上げると、杏寿郎は宇髄から二人を隠すように立ちはだかり、蜜璃から深月を引っ剥がした。

そして、深月を拘束するように後ろから抱き締め、耳元で囁く。

「深月。お館様が何と仰ろうと、処罰は受けさせるからな。柱合会議前の態度も良くなかったから、ちゃんと躾もし直そう」

その光景を目の前で見て、蜜璃は両の頬を押さえながら「きゃー!」と黄色い悲鳴を上げる。
杏寿郎と深月の関係を知っているので、恋人たちの甘い触れ合いのように見えたらしい。

しかし、当の深月はそれにどきどきするどころか、顔を真っ青にして恐怖に震えている。

杏寿郎の処罰や躾と言えば、主に鍛錬の強化である。
体力の限界を越え、何度も反吐をぶちまけて、失神するまでそれは続く。しかも、水をぶっかけられて無理矢理起こされることもある。

その時ばかりは、深月も杏寿郎への愛情を忘れ、彼への恐怖と恨みに心を支配される。

「す、すみませんでした……」
「今更謝っても遅い!早速帰ったら鍛錬だ!叩き直してやろう!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!それは嫌です!他のことでお願いします!」

逃げ出そうと暴れる深月を、杏寿郎は押さえ付けて肩に担ぐ。
腹の痛みも忘れて暴れる深月に、杏寿郎は溜め息を吐いてこう言った。

「尻を叩かれたいか?」

深月の動きがピタッと止まる。
この年になって尻を、しかも人前で叩かれるのがきついというのもあるが、杏寿郎の腕力で叩かれたら三日はまともに座れなくなる。

「申し訳ございません……」

深月は蚊の鳴くような声で謝罪し、脱力して杏寿郎に身を預けた。
これはもう、反吐をぶちまけて失神する覚悟を決めるしかない。

さすがの不死川と伊黒も、彼らのやり取りに閉口する。
距離感は近すぎる気もするが、明らかに深月が杏寿郎に怯えていて、普段から厳しくされていることがわかる。
これなら、他の柱が納得できる程度の処罰は受けるだろう。

悲鳴嶼は深月を憐れんで涙を流し、念仏を唱えた。

しのぶは、随分変わった関係になったものだ、と杏寿郎と深月を眺める。
しのぶが知る限り、当初の彼らの関係は最悪だった。会えば深月が怒鳴るか暴れるかで、深月が煉獄家に引き取られたときは心配になったものだ。
それが今や、深月は杏寿郎にすっかり躾されている。

そこで、宇髄がからかうように、杏寿郎に話し掛けた。

「煉󠄁獄、相変わらずその地味な女が好みなのか?」
「む?好みというより、添い遂げる覚悟は出来ているぞ!深月の心の準備が整ったら、すぐにでも祝言を挙げるつもりだ!」

そんなことを大声で答えるものだから、柱達の視線が杏寿郎と彼に担がれている深月に集まる。

ちなみに、冨岡と時透は興味が無かったようで、既に去っていた。

深月とも面識がある宇髄は、嬉しそうに口角を上げる。

「そうかそうか!いやあ、良いこと聞いたぜ!」
「何を言っている!君には前にも話しただろう!」

宇髄は「そうだったっけなあ」と嘯きながら、杏寿郎に担がれている深月の尻を眺める。

(嫌がらせか)

深月は心の中で宇髄を殴る妄想をする。
彼は杏寿郎と深月の関係を知っていて、杏寿郎との話も覚えている様子だ。その上で、柱達の前でわざと、深月をからかうためにあんなことを言ったのだ。
おかげで視線が集まって、深月は恥ずかしさに震える。

誰の顔も見れる気がしなかったので、深月は死んだふりをすることにした。





 




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