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第四章 九
柱合会議から数日経っても腹部の痛みが引かず、深月は蝶屋敷を訪れた。
一応、手土産として、少女達が好きそうな甘いお菓子をたくさん購入して行った。
切創や骨折などのわかりやすい怪我であれば、深月も自分でどうにかできるが、今回は内臓が傷付いているかもしれない。
こういうときは、蝶屋敷で診てもらって、痛み止めなどの薬を貰う方が早い。
深月はアオイを見つけ、早速傷を診てもらえないか尋ねた。
アオイはてきぱきと深月を診察室に案内し、しのぶが来る前に深月の腹部を確認する。
「これ、どうされたんですか!?」
「風柱様の拳を受け止めきれなくて……」
深月の腹部を見て、アオイは顔を真っ青にした。
一方、深月は困ったように笑う。
深月の腹部には、痛々しいあざができていた。
青いようで、所々赤紫に腫れ、いくら鬼殺隊の剣士とはいえ、とても女性の腹部とは思えない。
これが人間に付けられた傷なのか、とアオイは困惑する。
てっきり、任務で負った傷だと思ったのに、柱に殴られたとは。
そこで、しのぶが診察室に入ってきた。
彼女は深月の怪我の理由を知っているため、特に驚くでもなく、診察を始める。
診察の結果、内臓が傷付いていることがわかったが、それはほんの少しで、あと数日もすれば治るだろう、とのことだった。
痛み止めなどの薬を処方し、しのぶは朗らかに笑う。
「今回のお怪我は、妊娠には影響しないと思いますから、安心してくださいね」
「えっ!……あ、ありがとうございます」
しのぶの言葉に深月は驚いたが、一応礼を言う。
その声は恥ずかしさのせいで徐々に小さくなっていった。
杏寿郎との婚約も彼の子を望むことも、恥ずかしいことではないのだが、あまりそういうことを人と話す機会がないので、なんだか気恥ずかしいと感じたのだ。
そういえば、先日の柱合会議の際、婚約については柱のほぼ全員にバレてしまった、と思い出し、深月は赤面する。
そして、婚約がバレたことで柱達から余計ひんしゅくを買っていたのではないか、と不安になった。
深月が女である以上、子を身籠るのは深月だ。
妊娠すれば、今までのように任務には当たれない。
責務も全うできないし、継子の意味もなくなる。
しのぶも朗らかに笑ってはいるが、内心複雑なのではないか、と深月は彼女の様子を伺う。
深月の視線に気付いたしのぶは、くすっと笑う。
「私は深月さんが妊娠されたら祝福しますよ」
深月はぽかんとし、しのぶは続ける。
「煉獄さんと深月さんの子なら、きっと強い子が産まれるでしょうね」
「えっと、まだ予定は無いんですけどね」
そうだったら嬉しい、と深月ははにかんで笑った。
そこで、「そういえば」と何かを思い出したようにしのぶが人差し指を自身の口元に当てた。
彼女の可愛い顔でその仕草はとても絵になる。
「深月さんが助けた竈門君達、今うちで面倒を見ているんですよ。会っていかれますか?」
*****
炭治郎が居るという病室の前で、深月は首を傾げた。
病室にしては随分と騒がしい。
炭治郎の声ではないが、叫ぶような声が聞こえる。
本当にここで合っているのだろうか、と思いながらも深月は病室に入る。
中には炭治郎含め三人の患者が居た。
炭治郎は深月に気付くと、不思議そうな顔になった後、何かを思い出したような笑顔になった。
「禰豆子を助けてくれた人ですよね!」
「いや、その……」
深月は苦笑する。
禰豆子を逃がすことを手伝おうとしたが、それは失敗に終わった。柱合会議でも、彼女が刺されるのを止められなかった。
深月は気を取り直して、柔和な笑みを浮かべる。
「雨宮深月です。怪我はどう?炭治郎君」
すると、炭治郎が答える前に、別の少年が炭治郎に飛び掛かった。
「お前、いつの間にこんな綺麗なお姉さんと知り合いになったんだよ!!」
その後の自己紹介で、彼は我妻善逸という名前だと、深月は知った。
ちなみに、もう一人の猪の被り物の少年は、嘴平伊之助というらしい。伊之助は、何故か全く動かないし喋らない。
「へえ、三人とも同期なんだ。仲良しでいいね」
深月は寝台横の椅子に座り、優しく微笑む。
弟妹達が生きていれば彼らと似たような年頃で、そんな彼らが生きていて、仲良くしているのが嬉しくなった。
深月の弟妹どころか同期ですら、もう誰も残っていない。
「早く治るといいね。禰豆子ちゃんも」
深月は微笑んだまま、少し目を伏せる。
年上の女性の美しい仕草に、炭治郎と善逸は頬を染める。鬼殺隊の剣士とはいえ、彼らも年頃の少年なのだ。
ただ、彼らは杏寿郎と深月の関係を知らない。
善逸に至っては、杏寿郎の存在すら知らない。
鬼になった妹も心配してもらえたことに、炭治郎は嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。禰豆子も大丈夫です。その、雨宮さんは……」
「ん?深月でいいよ」
深月は目を開け、にこっと笑う。
もう二年程杏寿郎を待たせているので、雨宮の姓でなくなる日も近いだろう。
ただ、先日鬼を庇うわ、柱に逆らうわで、杏寿郎に迷惑をかけたため、娶ってもらえる自信は少しなくなっている。
それでも、ここ数ヶ月で出会った人には名前で呼んでもらうようにしていた。
炭治郎は一瞬呆けた後、すぐに続きを話す。
「深月さんは、大丈夫でしたか?柱の人に殴られてましたけど……」
「ええ!?こんな優しい人を殴るやつなんかいるの!?大丈夫ですか、深月さん!?」
善逸が騒ぎ始め、深月はくすくす笑う。
なんだか、彼らと居ると自然と笑みが浮かんで、優しい気持ちになれた。
「しのぶさんに診てもらったから大丈夫だよ。ありがとう」
二人とも優しいんだね、と深月は炭治郎と善逸の頭を撫でた。
炭治郎は深月同様、家族を失っている。
善逸は、親に捨てられた子だ。
それらは深月の知るところではないが、彼らは彼女の優しい手に心が温かくなるのを感じた。
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