(11/160)
第一章 十一
深月が煉󠄁獄家に来てから早数週間。未だに雑用をこなす日々だ。
槇寿郎や杏寿郎は任務に出向くことが多く、千寿郎と二人だけの夜も慣れた。
この間、大きく変わったことと言えば、杏寿郎と千寿郎に根負けした深月が、一緒に食事を摂るようになったことぐらいだ。
しかし、槇寿郎が居るときは、何を言われるかわからないので、別で摂るようにしている。
また、深月は、煉󠄁獄家の外ではできるだけ使用人らしく振る舞うように心掛け、杏寿郎や千寿郎のことも「様」付けで呼ぶようにしていた。
その努力のおかげか、近所の人々からは、女中を雇った程度に思われているようで、世間体も今のところ悪くはない。
だが、深月としては不満が募る日々である。
いつまで経っても、鬼殺を教えてくれる気配はないのだ。刀はおろか、木刀すら握ることを許されない。
煉󠄁獄家で世話をするべき人数は少なく、千寿郎も何かと家事を手伝ってくれる。そのお陰で、暇を持て余すことが増えた深月は、杏寿郎や千寿郎の鍛錬を眺めることが多くなっていた。
そんなある日、深月は珍しく杏寿郎にお願い事を思い付いた。
「型を見たいのか?」
「はい。千寿郎君から、炎の呼吸のことを教えてもらいまして。出来ればその『型』というのを見てみたいなあ、と……」
「うむ!いいぞ!見るだけなら父上も怒らないだろう!」
「ありがとうございます!」
離れるように言われ、深月は縁側近くまで下がる。
千寿郎も一緒に下がり、二人並んで、杏寿郎の型を見せてもらった。
その力強い剣技に、深月の心は震えた。
あの夜、見ていないが、この剣技が自分の命を救ってくれたのだ、と。
鬼殺を糧に生きようとしていた深月の心に、「この剣技で自分も誰かを救えたら」という思いが芽生える。
その考えは、突然降ってきた怒声に掻き消された。
「何をやっている!」
「きゃああ!」
髪を掴まれ、思いっきり持ち上げられる。深月は痛みに悲鳴を上げ、自分の髪に手を伸ばす。
怒声を飛ばしたのも、髪を引っ張ったのも、槇寿郎だった。隊服と燃えているような羽織に身を包みながらも、手には酒瓶が握られている。
「深月!」
「父上!やめてください!」
杏寿郎は眉間に皺を寄せ駆け寄ってきて、千寿郎は真っ青な顔で深月を離してほしいと父の足にすがりつく。
深月は縁側に立っている槇寿郎に髪を持ち上げられ、宙に浮いてしまっている。痛みで涙が溢れるが、悲鳴は二度と上げなかった。
「見取り稽古などさせおって!修行をしたら叩き出すと言っただろう!」
どうやら、型を深月に見せていたことが気に食わなかったらしい。
槇寿郎は、深月が杏寿郎と千寿郎の鍛錬を眺めていても、特に咎めたことはない。
そのため、杏寿郎も、まさか型を見せただけで槇寿郎が怒るとは思っていなかった。
「申し訳ありません、父上!俺が見せてやると言ったのです!深月を離してください!」
「父上!深月さんが痛がってます!」
息子二人に懇願され、パッと手を開く槇寿郎。
重力に従い落ちる深月を、杏寿郎は慌てて受け止める。
それを見て、槇寿郎は鼻で笑った。
「随分とその娘が気に入ったようだな。さっさと嫁にしてしまえ。その娘は剣士に向かん」
「父上、何を仰って……」
「その娘の部屋に夜な夜な出向いているだろう。初めからそのつもりで連れてきたんじゃないのか」
「違います!」
杏寿郎は力強く否定する。一度だって、深月にそんな邪な思いを抱いたことなどない。
あの夜、実際に見たわけではないが、きっと彼女は鬼に立ち向かっていた。その行動力と、「鬼殺の剣士になりたい」という思いを受けて、煉󠄁獄家に連れてきたのだ。
深月の部屋に夜な夜な出向いているのも、ただ悪夢に魘される深月の様子を見に行っているからだ。
疚しいことなど一つもない。
杏寿郎が説明しようとする前に、深月が縁側に飛び乗って、槇寿郎の頬を思いっきり叩いた。
完全に油断していた槇寿郎だが、それでも首を全く動かさずにその平手を受けていた。叩いた深月の手の方が痛そうだ。
しかし、深月は痛がる素振りも見せず、怒りのまま叫んだ。
「杏寿郎さんを侮辱しないで!自分の息子でしょう!」
槇寿郎が額に青筋を浮かべるが、深月は臆さず続ける。
「杏寿郎さんが私の部屋に来るのは、魘されている私を心配してくれてるからよ!彼に下心があったことなんてない!取り消して!」
「小娘が……」
「その小娘や、自分の息子を虐めて楽しいの!?もう貴方には従わない!」
「従わなければ出ていけ!」
「わかりました!でも、剣は習いに来るから!私は、杏寿郎さんのように立派な剣士になって、誰かを救ってみせる!」
杏寿郎は、必死に叫ぶ深月の背中を見つめながら、胸が熱くなるのを感じた。
あの夜、死にたがっていた少女が、自分のようになると、誰かを救うとまで言ってくれた。
しかし、そこで、槇寿郎が拳を握り締めた。
杏寿郎と千寿郎が「危ない」と思った瞬間には、深月は殴り飛ばされ、部屋の中で横たわっていた。
「深月!大丈夫か!」
「深月さん!」
杏寿郎と千寿郎は、槇寿郎を非難することも忘れ、深月に駆け寄った。
気を失っている彼女の頬は赤く腫れ、口の端からは血が出ていた。きっと、頬はこれからどんどん腫れていくのだろう。
杏寿郎は、千寿郎に深月の世話を頼み、まだ拳を握り締めている父の前まで歩いていった。
表紙 目次
main TOP