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第一章 十二
深月が目を覚ますと、心配そうにのぞきこんでくる千寿郎と目が合った。
「深月さん!大丈夫ですか?」
まだ覚醒しきってない頭で、深月は何があったのか思い出そうとする。
上体を起こそうとすると、千寿郎が背中を支えてくれたので、お礼を言って彼の頭を撫でる。
その際、口の中に激痛が走り、深月は声にならない悲鳴を上げる。
「口の中が切れているようなので、無理に喋らないでください」
千寿郎にそう言われ、深月は首を傾げる。何故、自分は口を切っているのか。少し記憶が飛んでいるようだ。
深月は、口の中の傷に気を付けながら、千寿郎を見て言う。
「何があったかよく覚えてないです……」
「昨日、深月さんは父上に殴られたんですよ」
「え、昨日……?」
「はい。丸一日、目を覚まさなかったんです」
深月は段々と昨日の出来事を思い出す。
怒りのまま槇寿郎に食って掛かり、気付けば記憶が飛んでいた。柱の拳など、深月に見切れるわけがなかった。
深月が気絶している間、千寿郎はつきっきりで様子を見ていた。さすがに夜は休んだが、深月の腫れた頬を冷やすため、何度も手拭いを濡らし、絞って頬に貼り付ける、ということを繰り返した。
そのおかげで、深月の頬の腫れは、大分引いていた。
「千寿郎君、ごめんなさい。また迷惑を……」
「いえ。深月さんが目を覚ましてよかったです。それと、今後のことなのですが……」
今後のこと、と言われて、深月は昨日の言い争いの内容を思い出す。
そういえば、出ていけと言われて売り言葉に買い言葉で承諾したような気がする。
深月の顔から血の気が引いていく。今、煉󠄁獄家を追い出されたところで、行く場所など無い。
しかし、続く千寿郎の言葉は意外なものだった。
「深月さんは、今後もうちに居ていいそうです」
「えっ!?なんで?」
「父上が、お館様にそう指示されたと仰ってました」
お館様とは、確か鬼殺隊当主のことだったか、と深月はカナエやしのぶの説明を思い返す。
千寿郎の説明を詳しく聞くと、昨日、深月を殴った後、槇寿郎は柱合会議に出向いたそうだ。
そこで、お館様より、「深月の面倒を見るように」と指示されたとのこと。
柱にとって、お館様は心から尊敬する存在。そんな人物に指示されては、煉󠄁獄家から追い出すわけにはいかなくなったとのこと。
「どうして、お館様が私のことを御存知なんでしょう?」
「すみません。それは僕にもわかりません」
千寿郎が困ったように笑い、深月は首を振った。謝ってもらうようなことではない。
とにかく、今日の家事をこなさなければ、と深月が立ち上がった瞬間、遠慮なく障子が開かれた。
そこに立っていたのは、槇寿郎だった。
「俺は何も教えんからな。鍛錬したければ杏寿郎に聞け。雑用も手を抜くな」
それだけ言って、障子も閉めずに去ってしまった。
深月はしばらくぽかんとしていたが、布団の上に座り直し、千寿郎に尋ねる。
「今のって、修行していいってことですよね?」
「はい!そうですね!」
千寿郎は笑顔で答え、深月は膝の上で拳を握り締める。
きっとこれもお館様の指示だろうが、漸く許可が降りたことに、嬉しくて頬が紅潮した。
*****
深月が目覚めた日、杏寿郎は既に任務に出向いていて、帰って来たのは翌日だった。
それを出迎えた深月は、顔を真っ青にする。
「杏寿郎さん、怪我を……」
杏寿郎は、ぼろぼろだった。余程強い鬼だったのか、顔は腫れ、詰襟の釦はいくつか外れていた。
深月が駆け寄ると、杏寿郎はばつが悪そうに口を開いた。
「これは任務の怪我ではない。その、父上に……千寿郎から聞いていないのか?」
「いいえ、特には……」
深月は首を横に振った。千寿郎から、杏寿郎が怪我をしたなどとは聞いていない。
「父上と喧嘩した」
杏寿郎はそれだけ言って、自分の部屋へ行こうとする。
深月は彼の腕を抱き締めるように掴み、引き止めようとする。
「手当てをしましょう!」
「いや、いい!大丈夫だ!」
「大丈夫じゃないでしょ!釦もつけないと!」
「では、釦だけ頼む!」
杏寿郎は深月に腕を離してもらい、詰襟の上着を脱いで手渡す。深月はそれを受けとるが、肝心の釦が無い。
「釦の予備はありますか?」
「俺の部屋にある!」
「じゃあ、後で取りに行きますね」
「うむ!」
杏寿郎はさっさと自分の部屋へ行ってしまう。
どこか他所他所しくなった杏寿郎の態度に、深月は疑問を抱く。
怪我の理由を詳しく教えてくれないし、手当ても拒否された。一体、どうしたというのだろうか。
深月は詰襟を持ったまま、千寿郎の元へと向かった。
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