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第四章  十六


深月はしばらく黙って、杏寿郎と炭治郎の会話を聞いていた。

どうやら、炭治郎達は任務の加勢に来てくれたらしい。

そんなこと聞いてないな、と深月がぼんやり考えていると、杏寿郎はあっさり承知して頷く。

炭治郎は、どこか緊張した様子で続ける。

「それと、もう一つ……煉獄さんに聞きたいことがあって」
「なんだ!?言ってみろ!」
「俺の父のことなんですが」
「君の父がどうした!!」

炭治郎が少し話すごとに、杏寿郎は快活に相槌を打つ。

病弱だったと言えば、病弱かと鸚鵡返しをする。
それでも雪の中で神楽を踊れたと言えば、それはよかったと返す。

(うわあ、話しづらそう)

深月は炭治郎を同情をこめた目で見つめる。
そんなに一つ一つの言葉に相槌を打たれては、調子を合わせづらいだろう。

それでも、炭治郎はめげずに話を続ける。

彼の父が踊っていた神楽が、なんと戦いに応用できたらしい。

それは『ヒノカミ神楽』というらしく、『火』と『炎』繋がりで、炎柱である杏寿郎が何か知らないか尋ねたかったとのこと。

深月は、そのヒノカミ神楽とやらを知らないが、那田蜘蛛山での炭治郎の剣技を思い出す。

炎の呼吸とは違う。しかし、燃えるような、美しい弧を描く強烈な斬撃。

あれがヒノカミ神楽だったのか、と深月は一人で納得する。
神へ捧げる舞だから、強烈ながらも美しい斬撃だったのだ。

その間、杏寿郎は考え込むように押し黙っていて、口を開いたと思うと、一言。

「だが、知らん!!」

あまりにもきっぱりと言い放ったので、炭治郎は声を上げて驚く。
しかし、杏寿郎が再度熟考する様子はない。

「この話はこれでお終いだな!!」
「あの、ちょっともう少し……」

ヒノカミ神楽についての話は、炭治郎にとって重要な話だ。
そんなにあっさり話を終えられては、困ってしまう。

杏寿郎は、何故か何もないところを見ながら、唐突に話題を変える。

「俺の継子になるといい!面倒を見てやろう!!」
「待ってください!そしてどこを見てるんですか!」

炭治郎が困惑した様子で叫ぶのを聞いて、深月は溜め息を溢した。

杏寿郎は人柄はいいのだが、如何せん人の話を聞かない時がある。ほぼ初対面の相手であれば尚更だ。
正確には話を聞いていないのではなく、結論が早すぎて他人を置き去りにしてしまうのだが、相手にとってはどちらも同じようなものだろう。

深月も炭治郎の力になれないかと考えたが、杏寿郎が知らないことを自分が知るわけがない。
槇寿郎なら知っているかもしれないが、彼が炭治郎に何かを快く教えるとは思えなかった。

そこで、杏寿郎がまた唐突に話し始めた。

炎の呼吸は歴史が古い、と。
炎と水の剣士はどの時代でも必ず柱に入っていることや、基本の呼吸の種類について説明する。

そして、唐突に炭治郎に尋ねる。

「溝口少年!君の刀は何色だ!」

この短時間で三回目の唐突さと、謎の名前を呼ばれたことに困惑し続けながらも、炭治郎は「色は黒です」答える。

「黒刀か!それはきついな。ハハハ!!」
「杏寿郎さん、言い方考えてあげてください」

深月もさすがに呆れて口を挟む。
彼の話し相手は深月でも千寿郎でもないのだ。まともに会話するのが初めての少年隊士なのだ。
そうざっくりと言ってしまっては、可哀想だと思った。

杏寿郎は深月に謝りながら笑う。
その笑顔は普段深月の前で見せるものとは違い、真顔に見える笑顔で、深月は少し眉を下げた。

「きついんですかね」

二人のやり取りを見守った後、炭治郎がおずおずと尋ねた。

それに対して、杏寿郎は丁寧に説明する。
黒刀の剣士が柱になったのを見たことがなく、どの系統を極めればいいのかもわからないらしい、と。

そして、何もないところを見ながら大きな声で続ける。

「俺の所で鍛えてあげよう!!もう安心だ!」
「いや!いや!!そして、どこを見てるんですか!?」

炭治郎はすかさず返す。

炭治郎にとって、杏寿郎は『変わっているけど面倒見のいい人』という印象に落ち着いた。
彼の鼻も、杏寿郎の匂いから正義感の強さを感じ取っていた。

そこで、深月が困ったように笑って、杏寿郎をやんわり窘める。

「炭治郎君が困ってますよ。勧誘は程々になさってください」
「ん?すまん。深月だけでは不十分というわけではないんだ」

どうやら、杏寿郎は深月が炭治郎に嫉妬していると勘違いしたらしい。
優しい笑みを浮かべて、同じく優しい声音で返す。

急に表情や声音を変えるから、深月はそれにどきっとしてしまって、顔を赤くする。

「いや、そういうことを言ってるんじゃないんですよ」

誤魔化すように眉を吊り上げ、そっぽを向く。

炭治郎は、杏寿郎と深月から甘い愛情の匂いを感じ取って、頬を染めた。

同じような種類の音が善逸の耳に届き、彼は杏寿郎と深月を眺めながら、本当に愛し合う人はこういう音がするのか、と考える。

今まで善逸が出会った女性は、善逸を騙す人間ばかりだった。その疚しさは、彼女達の音に混じっていた。
それでも、善逸は彼女達を信じたいから信じたのだが。

杏寿郎の音も深月の音も、彼女達と全然違った。

いつかこんな音の人に出会えるだろうか。
自分も、こんな音を出せるだろうか。

善逸がそんなことを考えていると、背後で窓が開く音がした。
直後に、伊之助の笑い声やはしゃぐ声が聞こえてくる。

振り返れば、伊之助が窓から身を乗り出していて、善逸は慌てて彼を引き戻そうとする。

なんだかんだで、善逸も人がいいのだ。





 




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