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第四章 二二
汽車と一体化した鬼の叫びが響き渡る。
誰かが鬼の頚を斬ったのだ、と悟って、深月はパッと表情を明るくする。
しかし、同時に列車が激しく揺れた。
まるで、鬼がのたうち回っているようだ。
このままでは車両が横転する。
今は山間を走っているから、周辺への被害は少ないだろうが、乗客達がただではすまない。
「深月!!!!」
どこからか、杏寿郎の声が聞こえた。
具体的な言葉はなくとも、彼が何を言わんとしているのか察し、深月はぐっと足に力を込めた。
「前方は私が!!」
そう返事をした瞬間、汽車が大きく傾いた。
体が浮く前に、深月は跳ぶ。
技をいくつも繰り出し、できるだけ車両の被害を抑えようと、横転の勢いを殺す。
(もっと早く……もっと強くしないと……!)
深月は歯を食い縛り、悲鳴を上げる体を無理矢理動かす。
正直、肉塊を斬っている時よりきつかった。
車両の被害を抑えるには、中途半端な力で技を繰り出たところで意味がない。
全ての技を全力で──いや、それ以上で繰り出し、それでも深月の膂力ではまだ足りない。
視界の端で、目を覚ました乗客が泣き叫んでいる。
状況を飲み込めない彼らは、座席にしがみつく者、宙に浮く者、連れを庇う者、様々だった。
深月達は、彼らの内の一人も死なせるわけにはいかない。
引き続き技を繰り出し、浮いている乗客を捕まえて、付近の座席にしがみつかせ、飛び交う荷物や破片からも守る。
早く止まってと願いながら、深月は杏寿郎のことを思い浮かべた。
彼は、きっともっと頑張っている。
深月より多くの車両や人々を、必死に守っていることだろう。
そう考えると、音を上げるわけにはいかなかった。
そして、杏寿郎の笑顔を思い出すだけで、不思議と力が湧いてきた。
深月は笑顔を浮かべて、また技を繰り出した。
*****
横転した汽車は大きく車体を揺らしながらも、なんとか止まった。
深月は周囲に人が居ないことを確認してから、付近の天井を斬る。
横転しているので、窓や扉からの脱出が難しいからだ。
「ここから外へ出てください!動ける人は、動けない人に手を貸してあげて!」
大きな声で指示を出し、外へ出る。
外には、横転時に投げ出された人達が倒れていた。
深月は息を呑む。
どこから手を付ければいいかわからない。
倒れている人達は、頭を打っただろうか。
自力で起きている人も居るが、血を流している人もたくさんいる。
他の車両だって、まだ中に取り残された人達が居る。
深月は少し息を吸って、他の車両へと向かった。
悩んでいる時間がもったいない。
まずはある程度の乗客を外に避難させて、動ける人には救助を手伝ってもらおう。
そう考えて、逆さまにひっくり返っている車両の窓を叩き割った。
*****
怪我人は大勢居るが、命に別状がある人は居なさそうだった。
それでも、出血が多い人は失血死してしまうかもしれないので、深月は怪我人の手当てに奔走する。
途中、杏寿郎に声を掛けられ、彼が無事であることに安心した。
「怪我人の手当ては任せる。俺は竈門少年達の様子を見に行く」
「あ、はい。炭治郎君達大丈夫ですかね……」
深月は笑顔を返しながらも、不安そうに眉を下げる。
炭治郎達が心配だった。まだ子どもの彼らは、生き残ってくれたのか。
酷使した身体は限界だった。動くのもやっとなのに、怪我人の手当てを一人でできる自信がなかった。
本当は、杏寿郎に側に居てほしかった。
そんな深月の心中を察したのか、杏寿郎は彼女を安心させるように微笑む。
「大丈夫だ。帰ったら、一緒に千寿郎が作ってくれた飯を食べよう」
そう言って、深月を優しく抱き締める。
背中を擦ってやり、また「大丈夫だ」と言う。
それに安心して、深月は頷いた。
「こっちは任せてください。炭治郎君達をお願いします」
「ああ」
杏寿郎が離れる。
小さくなっていく彼の背中を見つめながら、深月は漠然とした不安に襲われた。
やはり自分はまだ彼に側に居てほしかったのだろうか、と考えるが、なんとなくそうじゃない気がして、首を傾げる。
しかし、すぐに気を取り直して怪我人の手当てを再開した。
*****
怪我人の手当てに奔走しているうちに、深月は善逸と禰豆子を見つけた。
善逸は禰豆子と乗客を庇うように倒れていて、頭から血を流していた。
きっと、横転時に禰豆子だけでなく、女性や子どもを守ったのだろう。
彼らは皆気絶していたが、善逸以外は大した怪我もなく、命に別状は無さそうだった。
深月はふっと笑みを溢す。
つい数時間前まで、自分は弱いと泣き叫んでいた少年は、本当はすごく優しくて強い子だ。
善逸の血を拭ってやり、出血が止まっていることを確認する。
それから、禰豆子の箱を探して持ってくる。箱は無事だった。
夜明けが近いので、陽光が指したら彼女が死んでしまう。
とりあえず禰豆子だけでも起こして、箱に入ってもらっておこう、と深月は彼女に手を伸ばす。
その時、大きな衝撃音が聞こえてきて、地面が揺れた。
その音が聞こえてきたのは、杏寿郎が向かった方だった。
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