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第四章  二七


階級は甲のままで、杏寿郎の代わりに彼の担当地区の警備をして、合間に通常の任務もこなす。

毎夜走り回って、鬼を斬る。

慣れない激務のせいで、深月の顔色は日に日に悪くなっていっていた。

それでも、深月は毎日杏寿郎の見舞いに出向く。
しのぶから無理に許可をもらって、早朝から蝶屋敷に出入りする。

今日も、杏寿郎は目覚めない。

「杏寿郎さん」

目を開けない杏寿郎に呼び掛けて、深月は寝台の右側の椅子に座る。
左側だと、左目が潰れているせいで半分以上が包帯に覆われていて、杏寿郎の顔がよく見えないからだ。

寝台に突っ伏すようにもたれ掛かって、杏寿郎の顔を右側から眺める。

杏寿郎の顔色は、深月よりさらに悪かった。
大量に出血したまま食事も採れていないので蒼白く、日毎にやつれていっているように見えた。

「今日もね、要くんがいろいろ教えてくれたんです。あの子、本当に速いですよね。杏寿郎さんに付いてるだけあるなあ」

目覚めない杏寿郎に、いつものように話し掛ける。
そして、目を閉じる。

深月は、杏寿郎の代わりを務めるようになってから、彼の側でなら少しはまともに眠れると気付いた。
それ以降、任務後にここで仮眠を取るようになっていた。

毎回、汽車での任務のことを夢に見て、魘されて、最終的に飛び起きるのだが、それでも寝れないよりはましだ。

深月はそのうち、静かな寝息を立て始めた。


*****


杏寿郎の病室に入る人影が二つ。

一つは蜜璃で、もう一つは宇髄だ。
彼らも、彼ら以外の柱も、杏寿郎のことを心配して、時間を作って見舞いに来ていた。

杏寿郎の側で眠っている深月を見つけて、蜜璃は辛そうに眉を下げた。

そんな蜜璃に、宇髄が話し掛ける。
深月を起こさないよう、一応声は抑えている。

「出直すか」
「そうですね……あっ」

蜜璃は頷いたが、すぐに何かに気付いたようで、小さく声を上げる。

「深月ちゃん、あのままじゃ風邪引いちゃうわ」

そう言って、足音を殺しつつ病室を出て行く。

宇髄が首を傾げていると、程なくして蜜璃は戻ってきた。
彼女の両手には、布団が抱えられている。

「借りてきました」

笑顔で宇髄に報告し、布団を広げて深月の肩に掛ける。

その直後、深月が飛び起きて蜜璃の手首を掴んだ。
彼女の顔は真っ青で、怒っているような怖がっているような表情をしていた。

ぎり、と強めに掴まれた手首に、蜜璃は少しだけ痛みを感じる。しかし、それは顔に出さずに深月に笑い掛ける。

「ごめんなさい。起こしちゃったわね」
「蜜璃ちゃん……あ、ごめんっ!」

目の前の人物を蜜璃だと認識すると、深月は慌てて手を離した。
少し気まずそうに視線を逸らし、宇髄も居ることに気付く。

「音柱様。お二人とも、杏寿郎さんのお見舞いに来てくださったんですね」

深月は立ち上がって笑顔を浮かべてから、軽く頭を下げる。

その無理矢理作ったような笑顔が痛ましくて、宇髄は眉をひそめ、蜜璃は悲しそうに顔を歪める。

そこで、病室の窓からコンコンと硬い音がした。
三人が視線を向けると、そこには要が居た。

深月は窓際まで移動し、窓を開けて要を招き入れる。

「ご苦労様。今夜の指令かな?」

深月が尋ねると、要は頷いて任務の詳細を伝えた。

それを一通り聞いてから、蜜璃が震えながら口を開く。

「ねえ、深月ちゃん。休みましょう。無理しないで」

深月は蜜璃を振り返り、ぽかんとした顔になるが、すぐに微笑んで「大丈夫だよ」と言う。

その様子があまりに痛々しくて、蜜璃が可愛い顔をさらに歪める。
今にも泣き出しそうだったが、唇を噛み締めてなんとか堪える。

「大丈夫じゃねえだろ。煉獄だって、そんなお前を見たくはねえだろうよ」

宇髄も眉をしかめたまま口を開く。

その言葉を聞いて、深月は一瞬怒ったように眉をひそめる。

そんなことはわかっていた。
杏寿郎が、こんな自分を見て喜ぶわけがない。
でも、それでも。

「私、杏寿郎さんに言ったんです。『私が全部代わりにやるから死なないで』って」

呆ける蜜璃と宇髄に、深月は困ったような笑みを浮かべる。

「私が杏寿郎さんの代わりを止めたら、杏寿郎さんが死んじゃうような気がするんです」

だから、止めるわけにはいかない。休めない。

「蜜璃ちゃん、お布団ありがとう。手、ごめんね」
「えっ、ううん、全然いいのよ」

蜜璃はゆるゆると首を横に振る。

「お二人とも、心配してくださってありがとうございます。もうちょっと頑張らせてください」

杏寿郎が目覚める、その日まで。
深月は彼の代わりを務めると決めたのだ。


*****


深月はその日も、夜に任務をこなして、早朝に杏寿郎を見舞った。
仮眠を取って、煉獄家に帰る。

千寿郎の顔色も段々悪くなってきたし、槇寿郎とはもう何日も口をきいていない。

千寿郎を少しでも元気付けるために、槇寿郎と仲直りでもした方がいいだろうか。

そんなことを考えながら、帰路に着く。

家の門が見えてきたところで、深月は目を見開いた。

千寿郎が暗い顔で門の前を掃除している。
それはいつものことだった。

しかし、今日は彼の前に炭治郎が居る。
炭治郎は深月よりもずっと重傷で、まだまともに動けるはずがない。

ふと上を見れば、要が緩く旋回していて、彼が炭治郎をここまで連れてきたのだと察する。

何かを話している千寿郎と炭治郎へ、深月は慌てて駆け寄った。





 




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