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第四章  二八


深月は半ば叫ぶように口を開く。

「炭治郎君!何してるの!?」

彼女の声に反応して、千寿郎と炭治郎が振り返る。

案の定、炭治郎の顔は真っ青だった。
冷や汗をたくさんかいていて、無理をしていると一目でわかった。

深月だってあまり他人のことは言えないが、炭治郎を蝶屋敷に連れ帰ろうと、彼の腕を掴む。

「蝶屋敷に戻りなさい。送っていくから」
「いえ、俺は煉獄さんから深月さん達への言葉を預りましたので……」

炭治郎は首を横に振って、動こうとしない。

杏寿郎が炭治郎に預けた言葉は、遺言だ。
彼はまだ生きているのに、それを伝えに来たのか。

胸の奥から怒りが湧いてきて、深月は炭治郎の腕を掴んでいる手に力を込める。

「そんなもの、杏寿郎さんが起きたら聞けばいいでしょう!それとも、君は杏寿郎さんが目覚めないとでも思ってるの!?」

炭治郎に他意はない。そんなことは分かっていた。

でも、口を突いて出たのは彼を責めるような言葉で、深月は自分の心の狭さに唇を噛み締める。

「……ごめん。そんなつもりじゃないよね」

すぐに炭治郎の腕を離し、溜め息を吐いて、自身の顔を片手で覆う。

子ども相手に、しかも炭治郎は善意で来てくれているのに、一体何を言っているんだ、と自己嫌悪に陥る。

「深月さん、大丈夫ですか……?」

気付けば、千寿郎が心配そうに顔をのぞきこんできていて、深月は眉を下げながらも微笑む。

「大丈夫だよ。びっくりさせてごめんね」
「いえ……この方、兄上と深月さんのお知り合いなんですね」
「うん。任務で一緒になって……」

深月が千寿郎に炭治郎のことを説明しようとすると、それを遮るように怒声が響いた。

「やめろ!!」

声の主は、槇寿郎だった。
いつの間にか玄関を開けて立っていて、いつも通り酒瓶を手にしている。

そして、怒鳴り続ける。

杏寿郎の言葉など、どうせ下らない内容だ。
たいした才能も無いのに剣士になるから、あんな大怪我をして目覚めなくなる。
杏寿郎は愚かな息子だ。

その言葉に、深月と炭治郎は怒ったように眉をひそめ、千寿郎は悲しそうに眉を下げた。

彼らの表情を見ても、声量を落としただけで、槇寿郎は尚も続ける。

「人間の能力は生まれた時から決まってる。才能のある者は極一部。あとは有象無象。何の価値もない塵芥だ!!」

杏寿郎も大した才能は無かった。

あまりにも冷たく言い放つので、千寿郎の目に涙が浮かぶ。精一杯の反抗なのか、父から顔を背ける。

深月は槇寿郎から隠すように千寿郎を抱き締め、その頭を撫でる。

その様子が癪に障ったのか、槇寿郎はまた声を荒げる。

「千寿郎!!いつまでしみったれた顔をするな!!深月もいい加減千寿郎を甘やかすのはやめろ!!」
「……ちょっと!」

口を挟んだのは、炭治郎だった。

「あまりにも酷い言い方だ!そんな風に言うのはやめてください!」

真っ青な顔で冷や汗をかきながらも、眉を吊り上げ、顔に筋を浮かべ、怒りを露にしている。

「何だお前は。出て行け。うちの敷居を跨ぐな……」

槇寿郎は炭治郎をあしらおうとして、途中で言葉を止める。
炭治郎の耳飾りを見て、大きく目を見開き、思わず酒瓶を離す。

バリンと音を立て、地面に落ちた酒瓶が割れる。

「お前……そうか、お前……」

炭治郎を指差して、何事か呟いてから、また声を大きくする。

「『日の呼吸』の使い手だな?そうだろう!!」

聞き覚えのない単語に、深月も炭治郎も困惑する。

炭治郎が一体何のことかと聞き返した直後、彼の視界がぐるりと回った。
気付いた時には、槇寿郎に羽織を掴まれて、地面に引き倒されていた。

「槇寿郎様!?何をなさってるんですか!!」
「父上!!やめてください!!」

深月と千寿郎が慌てて駆け寄り、槇寿郎に炭治郎を離すように乞う。

しかし、槇寿郎は余程虫の居所が悪かったらしい。

「うるさい黙れ!!」

そう怒鳴って、千寿郎の頬を打つ。

「千寿郎君!」

千寿郎が地面に倒れる前に、深月は彼を抱き止める。
まさか、千寿郎まで殴ると思っていなかったので、庇うのが間に合わなかった。

千寿郎の頬は腫れ、口から血を流していた。

深月と炭治郎の額にビキ、と青筋が浮かぶ。

「一体どうし……」
「いい加減にしろ!この人でなし!!」

深月が怒鳴るよりも先に、炭治郎が怒鳴りながら槇寿郎を殴り付けた。

槇寿郎は炭治郎の上から離れたが、彼の拳は片腕で防いでいた。
腐っても元柱だ。階級が低く、しかも具合が悪い炭治郎の拳などなんともない。

「さっきから一体何なんだ、あんたは!!」

炭治郎が、珍しく声を荒げる。

我が子を侮辱して、殴って、何がしたいのか。

禰豆子が入った箱の肩紐から腕を抜きながら叫ぶ。

槇寿郎は不快そうに顔を歪める。

「お前、俺たちのことを馬鹿にしているだろう」
「どうしてそうなるんだ!!」

目の前の男が何を言っているのか、炭治郎にはさっぱりわからなかった。

炭治郎だけではない。深月にも、千寿郎にも、槇寿郎が何を言いたいのか全く理解できなかった。

槇寿郎は、炭治郎を指差して言う。

「お前が『日の呼吸』の使い手だからだ。その耳飾りを俺は知ってる!書いてあった!!」

そこで、炭治郎は『日の呼吸』が『ヒノカミ神楽』のことではないかと察する。
彼の耳飾りとヒノカミ神楽は、両方とも彼の家で代々継承されてきたものだ。

槇寿郎曰く、『日の呼吸』は一番初めに生まれた呼吸とのこと。そして、全ての呼吸は『日の呼吸』の派生で、劣化した呼吸らしい。

それを聞いて、深月は辛そうに眉を下げる。

もしかして、槇寿郎が剣士を辞めてしまった理由の一端は、そこにあるのではないか、と。
自身が極めた呼吸は、結局のところ『日の呼吸』とやらの劣化品で、どんなに努力したところでそれを超えることはできない。
そのことに、ひどく絶望したのではないだろうか。

それでも、杏寿郎を侮辱していい理由にも、千寿郎や炭治郎を殴っていい理由にもならないが。

まだ炭治郎に向かって何かを怒鳴っている槇寿郎は、極めつけにこう叫ぶ。

「『日の呼吸』の使い手だからと言って、調子に乗るなよ小僧!!」
「乗れるわけないだろう!!」

炭治郎は怒りを露にしたまま、涙を流し始める。

「今俺が自分の弱さにどれだけ打ちのめされてると思ってんだ!この、糞爺!!」

そして、槇寿郎に向かっていく。

「危ない!!父は元柱です!」

千寿郎が慌てて叫ぶが、それは既に遅く、槇寿郎の間合いに入った炭治郎は裏拳を喰らう。

「やめてください!父上!!」
「千寿郎君はここに居て!」

深月は、彼らを止めに入ろうとする千寿郎を押さえ、代わりに槇寿郎と炭治郎の元へ走る。

炭治郎の羽織を掴み上げる槇寿郎の腕を、両腕で掴んで引き剥がす。
そして、炭治郎を庇うように、槇寿郎の前に立ちはだかる。

「槇寿郎様!お止めください!相手は子どもです!」
「お前はそうやって、すぐ年下を甘やかす!」

槇寿郎は非難するように言って、深月を退かそうと、彼女の腕を掴む。

掴まれた腕は物凄く痛かったが、深月はなんとか踏ん張って、その場から動かずに叫ぶ。

「甘やかすも何も、この子は怪我人なんですよ!」

それにどう見たって、槇寿郎が一方的に炭治郎を痛め付けているようにしか見えない。
炭治郎が可哀想だし、そんな酷いことをする槇寿郎を見続けるのは辛かった。

「退け!」

槇寿郎は深月の腕を掴んだまま、彼女向かって拳を振り上げる。

避ければ炭治郎が殴られると思い、深月は衝撃に備える。

しかし、炭治郎が深月の前に出てきて、槇寿郎の拳は方向を変え、彼に向かう。

深月が「止めて」と言う前に、炭治郎が身体を捩って頭突きを繰り出した。

ゴッと嫌な音がして、炭治郎の後頭部と槇寿郎の顔面がぶつかる。

槇寿郎の腕から力が抜け、仰向けに倒れる。
頭突きの勢いのまま、炭治郎も彼の上に倒れ込む。

「え……きゃああ!槇寿郎様!炭治郎君!」

急に腕が解放され、深月は一瞬呆けた後、真っ青になって二人の側に膝を突いた。





 




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