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第四章  二九


幸い、誰の怪我も大したことはなく、気絶していた槇寿郎も、目を覚ますと酒を買いに出掛けた。

最初は深月に「酒を買ってこい」と言ったのだが、深月が「ご自分で落として割ったんでしょう」と拒否したものだから、自分で買いに行ったのだ。

深月と千寿郎は炭治郎を家に招き入れ、茶と菓子を出して話を始める。

炭治郎は自分の行いをひどく後悔して落ち込んでいたが、千寿郎は彼に礼を言った。

「すっきりしました。兄を悪く言われても、僕は口答えすらできなかった」

眉を下げて笑う彼に掛ける言葉が見つからず、深月も炭治郎も少し眉を下げる。

「兄は、どのように戦ったのでしょうか。深月さんもその場にずっと居たわけじゃないから、詳しくはわからなくて……」

千寿郎が俯きがちに尋ねると、炭治郎は汽車での任務のことを話し始めた。


*****


杏寿郎の活躍を聞いて、千寿郎は泣きながら礼を言った。

そして、杏寿郎が話していたという炎柱の書を取って来る。
槇寿郎がよく見ていた書物に、心当たりがあったのだ。

「炭治郎さんが知りたいことは書かれているでしょうか」

そう言って、千寿郎は『二十一代目炎柱ノ書』を炭治郎に手渡す。
炭治郎は頭を下げつつそれを受け取ってから、ぱら、と頁を開く。

深月と千寿郎がそれを両側からのぞきこんで、三人とも困惑した。

「ずたずただ……殆ど読めない」

炎柱ノ書は、ずたずたに破られていた。
これは大切に保管されているものだから、もともとこうだったわけがない。
恐らく、槇寿郎が破ったのだろう。

深月は小さく溜め息を吐いた。
怒りに任せてのことだったのか、息子達に見せたくない内容だったからかはわからないが、これはいくらなんでもやりすぎだろう。

千寿郎は焦ったような顔になり、炭治郎に謝罪する。
もちろん、千寿郎のせいではないが、『ヒノカミ神楽』や『日の呼吸』について、何もわからなかった。

そんな彼に、炭治郎は笑顔を向ける。

「大丈夫です。自分がやるべきことはわかっていますので」

そう言うと、真剣な顔になって、続きを話す。

もっと鍛錬を積むしかない。
今現在、炭治郎の体はヒノカミ神楽を使いこなせていない。
全集中の常中が使えても、一瞬で強くなれるわけがない。

「そして俺は、杏寿郎さんのような強い柱に必ずなります」

炭治郎は目に涙を浮かべながらも、真っ直ぐ深月と千寿郎を見つめてそう言った。

その言葉に、深月は嬉しそうに微笑んだ。
千寿郎は目に涙を浮かべて、少し俯いて笑った。それと同時に、彼の目から涙が溢れる。

「兄の継子は深月さんだけです」

本当なら、千寿郎も継子になて、柱の控えとして実績を積むはずだった。

しかし、彼の日輪刀は色が変わらなかった。
日輪刀は、ある程度も剣術を身に付けないと色が変わらない。
どれだけ稽古をつけてもらっても、千寿郎の日輪刀の色が変わることはなかった。

千寿郎には、剣術の才能が無かった。

千寿郎の膝の上で握った拳に、涙がポツと落ちる。

「剣士になるのは諦めます。それ以外の形で、人の役に立てることをします」

炎柱の継承は途絶えるだろう。
しかし、それは血縁内での話で、継子なら深月が居る。
彼女に柱としての重責を背負わせるのには、抵抗があったが。

「兄はきっと許してくれる」

千寿郎は、優しく微笑む兄の顔を思い浮かべる。

彼が遺言のつもりで弟に伝えようとした言葉は、『自分の心のまま、正しいと思う道を進むように』だった。

深月は微笑んで、千寿郎の頭を撫でる。

「私のことまで気にしなくていいんだよ。どんな道を歩んでも、千寿郎君は立派な人間になるって信じてるから」
「はい、ありがとうございます」

千寿郎は嬉しそうに笑って、深月を見上げる。

炭治郎も、千寿郎に正しいと思う道を進むよう伝える。

「千寿郎さんを悪く言う人がいたら俺が頭突きします」
「それはやめた方がいいです」

千寿郎があまりにもきっぱりと言うので、深月は悪いと思いつつも吹き出した。
純粋に笑ったのは、汽車での任務以来だった。


*****


「本当に送らなくて大丈夫?」

門の前で、深月は心配そうに尋ねる。

しかし、炭治郎は「大丈夫です」と答える。
確かに、煉獄家に来たときより顔色は良くなっていたが、まだ一人で出歩かせるのは心配だった。

「やっぱり送るよ!途中で倒れたりしたら……」
「ありがとうございます!でも大丈夫です!」

炭治郎はにこっと笑う。
深月は困ったように溜め息を吐く。炭治郎は、意外と頑固な性格をしているらしい。

「わかった。でも、何かあったら私かしのぶさんに鎹烏を飛ばしてね。すぐに行くからね!」
「はい!」

そこで、千寿郎が懐からあるものを取り出して、炭治郎に差し出す。

それは、杏寿郎の日輪刀の鍔だった。
炎を象った、炎柱に相応しい、力強い形だ。

「い、いただけません。こんな大切なもの……」
「持っていてほしいんです。きっとあなたを守ってくれます」

千寿郎は、決して暗くない微笑みを浮かべて、そう言った。

炭治郎は、深月の様子を伺う。
彼女の方が、この鍔を持つのに相応しいのではないかと思ったのだ。
杏寿郎の継子で、恋人……否、婚約者だろうか。とにかく、彼女を差し置いて受け取るのは憚られた。

炭治郎の視線に気付き、深月はふっと微笑む。

「私は大丈夫。本人が居るもの」

本当は、杏寿郎の鍔を誰かに譲るなんて嫌だった。彼がもう戦えないことの象徴のようで、少し悲しくなった。
でも、杏寿郎がいつか目覚めてくれたなら、それ以上に心強いことはない。
たとえ、彼が二度と刀を持てない体になっていたとしても。

炭治郎は少し考え込んでから、杏寿郎の鍔を受け取った。





 




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