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生存if 壱  三一


炭治郎から杏寿郎の言葉を聞いて以降、深月の体調は少し回復した。
杏寿郎の側でなくとも眠れるようになったし、食事も摂れるようになってきた。
それでも、以前に比べれば睡眠時間も食事の量も七割程度だが、ここ最近のことを考えれば改善した方である。

杏寿郎の代わりにも慣れ、要から教えを乞うことも少なくなってきたある日。

任務が終わった直後に、要が慌ただしく深月の元へ飛んできた。

バタバタと周囲を飛び回るものだから、なんとか落ち着かせようと、深月は要を腕に止まらせる。

「どうしたの?」
「杏寿郎ガ目覚メタ!!」
「えっ……」

深月は息を呑む。
今、要は『杏寿郎が目覚めた』と言わなかっただろうか。

再度、要が焦った様子で口を開く。

「蝶屋敷ニ行コウ!」

要が飛び立つので、深月も慌てて彼を追いかけた。


*****


蝶屋敷の敷地に入るなり、要は杏寿郎の病室に向かった。いつも窓から入っていたので、向かう先は庭を抜けた窓側だ。

深月もついそれを追って、玄関ではなく庭に入ってしまう。

杏寿郎の病室の窓は開いていて、要は一目散にそこに飛び込んだ。
深月も少し遅れて病室に辿り着く。

中からは、要が杏寿郎を呼ぶ声と、快活な笑い声が聞こえてきた。

その笑い声は確かに聞き慣れた声で、深月はそっと病室をのぞきこむ。

本当に、杏寿郎は目覚めていた。
上体を起こし、頬擦りしてくる要を撫でながら、にこにこと笑っている。
彼の側には、困ったように笑っているしのぶと、お盆に乗せた重湯を避難させているきよが居た。

深月の視界が滲んで、彼女の瞳からぽろぽろと涙が溢れる。

深月は泣きながら、窓の桟に飛び乗った。

「杏寿郎さんっ!」

愛しい人の名前を呼んで、病室内に降り立って、その人に飛び付く。

しのぶときよは驚いていたが、杏寿郎は嬉しそうに深月を受け止めた。

深月は杏寿郎の首にすがり付き、杏寿郎は深月の背中に腕を回して抱き締める。

杏寿郎と深月に挟まれ、要が苦しそうに悲鳴を上げた。

「あ、ごめん……」

深月が杏寿郎から少し離れ、要を解放すると、彼は溜め息を吐きながら窓際に移動した。
仕方がないな、とでも言いたげな目で、杏寿郎と深月を見つめる。

そこで、窓とは反対側から咳払いが聞こえてきて、杏寿郎と深月はそちらを振り返る。

「深月さん。どこから入ってきてるんですか?」

呆れたようにそう言うしのぶの隣では、きよが顔を真っ赤にしていた。

「す、すみません……要くんを追ってきたので、つい……」
「貴女は烏じゃないでしょう」

冷たく言い放つしのぶが怖くて、深月の涙は引っ込んだ。

一旦出直した方がいいかもしれない、と深月は杏寿郎から離れようとする。
しかし、彼の腕は深月を離そうとしなかった。
むしろ、より強く抱き締められ、上半身が密着する。

「深月、深月……!」

深月の肩に顔を埋め、杏寿郎は彼女の名前を何度も呼んだ。

普通、逆ではないだろうか。大怪我をして目覚めなかったのは、杏寿郎の方なのに。

深月は眉を下げて笑う。

その様子を見て、しのぶは小さく溜め息を吐いた。

「もう診察は終わってますので、しばらくお話されても大丈夫ですよ。ご家族には連絡済みですし」

そう言って、真っ赤なままのきよを連れ、しのぶは病室を出て行った。

パタンと戸が閉まってから、深月は杏寿郎の頭を撫でる。

「目が覚めてよかったです」
「心配を掛けたな。すまない」

杏寿郎は深月の肩に顔を埋めたまま、静かに呟く。
それから顔を上げて、深月の頬に手を添える。

「顔色が悪い。それに、少し痩せたな。ちゃんと眠れていないのか?食事は……」
「もう大丈夫ですよ」

深月は杏寿郎を安心させるように微笑む。
杏寿郎が目覚めたのだ。しかも、見たところ彼の体調は問題がなさそうで、心配事はなくなったと言えるだろう。
きっと、これから睡眠も食事も元に戻っていく。

それを察したのか、杏寿郎は困ったように眉を下げる。

「俺のせいだな。すまん」
「いいえ!私が軟弱なだけです!杏寿郎さんは悪くありません!」

深月は勢いよく首や両手を振る。
杏寿郎は一瞬ぽかんとした後、嬉しそうに目を細める。
健気な彼女は、いつも通り可愛かった。

「深月」

熱の籠った声で名前を呼べば、深月の肩がぴくりと反応する。

杏寿郎は彼女の頬を両手で包んで、ゆっくりと顔を近付ける。
唇が触れる直前、深月が目を閉じたので、それを了承ととらえる。

いざ唇を重ねようとした瞬間、病室の戸が無遠慮に開かれた。

「よお、煉獄!目が覚めたんだってな……あっ」

戸を開いたのは、宇髄だった。
彼はしまったという顔をして、自身の頭を掻く。

宇髄の後ろには、顔を真っ赤にして震えている千寿郎が居た。

杏寿郎は深月から離れ、恥ずかしさのあまり泣き出しそうな深月の顔を隠すように抱き締める。

そして、凄い形相で宇髄を見つめた。





 




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