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生存if 弐  三六


杏寿郎と深月の様子を見に来たしのぶは、愕然とした。

寝台横の椅子は倒れているし、深月は杏寿郎の寝台ですやすやと寝ている。
杏寿郎は起き上がっているが、深月の髪を撫でている。
二人の髪も衣服も乱れていないのが幸いだったが、目覚めたのなら、すぐに誰かを呼んでほしかった。

「煉獄さん。これはどういうことでしょう?」

しのぶは額に青筋を浮かべるが、それでも笑顔を作る。

しのぶの声で深月は目を覚まし、ゆるゆると起き上がった。
杏寿郎は寝惚け眼の深月を抱き締め、しのぶを宥めようと笑顔を返す。

「すまん!久々に深月と話が出来たので、つい!」
「まったく……煉獄さんは怪我人で、深月さんは妊婦なんですよ。ご無理なさらないでください」

しのぶは溜め息を吐いて、「お二人とも診察しますから、大人しく待っていてくださいね」と笑顔のまま告げる。
彼女の額には、まだ青筋が浮かんでいた。


*****


しのぶはアオイやなほ達を呼んできて、てきぱきと二人を診察した。

その結果、杏寿郎は問題なさそうだが、まだしばらく安静にしているように、との指示を受けた。

深月も特に問題はなかった。
しかし、問題がないということは、今後のことを自分で決めなければいけないということだ。

「深月さん、どうされるか決まりました?」

しのぶは優しい笑みを浮かべて、深月に尋ねる。
妊娠している彼女を刺激しないように、というせめてもの配慮だ。

深月が答える前に、杏寿郎が深月を横から抱き締めて答える。

「産んでくれるそうだ!」
「きょ、杏寿郎さん……」

深月は頬を染めて、杏寿郎の胸を押す。
しのぶだけならなだしも、蝶屋敷の少女達が居るのだ。あまりくっついては、教育に悪いだろう。

案の定、少女達は深月よりも顔を赤くしている。

「鬼殺隊は辞めないが、任務は休む!祝言も挙げる!産んだら復帰する!」
「ちょっと、ちょっと!」

余程嬉しいのか、まるで自分が産むかのような勢いで話す杏寿郎の口を、深月は慌てて塞ぐ。
祝言の話は必要なかっただろう。

深月はしのぶ達を振り返る。

「やっとご結婚されるんですね。おめでとうございます」

しのぶは柔和な笑みを浮かべていた。
その顔はカナエそっくりで、まるで二人分祝ってもらってるような気がして、深月の目に涙が浮かぶ。

しのぶを皮切りに、少女達もはしゃぎながら祝福する。

「おめでとうございます!」
「ずっと想い合ってご結婚なんて、素敵ですー!」

結婚より先に妊娠したことも、深月が休むことも、誰も責めたりしなかった。

杏寿郎は太陽のような笑顔を浮かべ、しのぶ達に礼を言う。

「ありがとう!」
「ありがとうございます」

続けて礼を言う深月の声は、震えていた。
嬉しくて微笑むと、彼女の目尻から涙が溢れた。

杏寿郎がそれを指で拭ったところで、病室の戸が勢いよく開いた。

「杏寿郎……深月……!」

戸を開けたのは、息を切らした槇寿郎だった。
彼の後ろには、同じく息を切らした千寿郎も居る。
朝方、杏寿郎が鎹烏を飛ばしておいたのだ。

千寿郎は杏寿郎と深月に駆け寄って、二人に飛び付いた。

「兄上、おはようございます!お二人とも、おめでとうございます!」

泣きながらも嬉しそうに笑って、二人にぎゅうっとしがみつく。
杏寿郎と深月は礼を言いながら、千寿郎の頭を撫でる。

槇寿郎は千寿郎の分もしのぶ達に頭を下げ、病室に入ってきた。杏寿郎、深月、千寿郎の前で立ち止まり、彼らを見下ろす。

息子が起きている。深月の表情も明るくなっている。
鎹烏は、杏寿郎が目覚めたこと以外に、深月が子供を産むことや二人が祝言を挙げることも言っていた。

どれも嬉しいが、長年冷たく突き放してきた杏寿郎や千寿郎、あまり面識のないしのぶ達の前で素直に喜ぶのは憚られて、槇寿郎はしばし硬直する。

彼の固い表情に気付き、深月は槇寿郎の手を取って握る。

「私、杏寿郎さんの子供を産みます。ご迷惑をお掛けすると思いますが、これからもよろしくお願いいたします。

そう言って、ふわりと微笑む。
槇寿郎は息を詰まらせながらも、深月の手を握り返す。

「迷惑など今更だ」

まだ杏寿郎達の前では素直になれないようだが、握り返してくれた手は温かくて、深月は嬉しそうに目を細めた。


*****


それからはあっという間で、杏寿郎と深月の祝言について、柱はもちろん、面識のある炭治郎達や隠達にも伝えられた。

祝言自体は、隠達に手伝ってもらうことにしたが、身内だけで済ませることにした。

深月の家族はもういないから正式な流れは汲めないし、任務で忙殺される仲間を多く呼びつけるのは気が引けた。
そして何より、杏寿郎が「あまり人に深月の花嫁姿を見せたくない」と言い出したからだ。

煉獄家の一室で、深月は女性の隠達に手伝ってもらって、白無垢を身に纏う。
衣装については少し悩んだが、煉獄家が代々白無垢なのだから、それがいいという結論に至った。

化粧も施してもらい、深月は人生で一番着飾った姿になる。

深月の準備が整ったところで、紋付き袴を着た杏寿郎が様子を見に来た。
隠達は自信作と言わんばかりに、深月を杏寿郎の前に差し出す。

杏寿郎は一瞬呆けた後、頬を染めて微笑む。

「深月……綺麗だ」
「ありがとうございます。杏寿郎さんも素敵です」

深月も笑顔を返すと、杏寿郎は彼女の手を取った。

「深月、行こうか。父上と千寿郎が待ってる」
「はい!」

深月は杏寿郎の手を握り返す。
彼の手は槇寿郎と似ていて温かかったが、やはり少し違った。

杏寿郎と深月は隠達に礼を言って、槇寿郎と千寿郎が待つ部屋に向かう。
その部屋で、簡単にだが、三三九度などの儀式を執り行う予定だ。

廊下の途中で杏寿郎が立ち止まり、深月もそれに合わせて立ち止まる。

杏寿郎は真剣な表情で深月を見下ろして、彼女の手を握る手に力を込める。

「改めて誓う。俺は、持てる力の全てで深月と腹の子の笑顔を守り抜く」

もう柱ではなくなるし、剣士も引退する。
汽車での任務の傷の影響で、今後筋肉は衰え、おそらく深月より弱くなる。
それでも、彼女と自分達の子を守りたいと思った。

深月は微笑んで、自身の腹に手を添える。

「ありがとうございます。私も、杏寿郎さんやこの子が寂しくないよう、貴方達の心をお守りします」

杏寿郎もつられて笑顔になり、再び歩き始めた。





 




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