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生存if 弐  四一


柱合会議から帰宅した深月は、はじめに息子の様子を見に行った。

息子は深月の道着にくるまれて寝ていて、深月は首を傾げる。
大人しく寝ているのは何よりだが、何故道着なのか。布団じゃないのか。

息子の側に居たのは杏寿郎ではなく槇寿郎で、彼に理由を尋ねる。

槇寿郎は眉を下げて笑いながら、杏寿郎が赤ん坊だった頃の話をした。その頃の様子に、似たのだろう、と。

(え、なにそれ……かわいい……!)

杏寿郎の赤ん坊の頃の話も、彼に似た息子も、可愛くて仕方がなくて、深月はにやけてしまう。
それに気付いた槇寿郎は上機嫌になって、杏寿郎が小さい頃の話を始める。

初めて一人で風呂に入った時のこと。
木刀を振り回すどころか、木刀に振り回されていた頃のこと。
発育は早く、立つのも歩くのもあっという間だったこと。

深月は槇寿郎の話を楽しそうに聞いていた。

汽車での任務以降、槇寿郎は随分変わった。いや、おそらくこれが本来の彼なのだろう。
まだ気難しいところはあるが、以前に比べるとかなり優しい表情をするようになって、いろんな話をしてくれるようになった。

深月は、彼の話が好きだ。
杏寿郎と千寿郎の昔の話や、既に亡くなった彼らの母の話が聞けるからだ。
杏寿郎達に聞いた話もあったが、兄弟から聞くのと、父から聞くのとでは、印象が全く異なるので楽しく聞ける。

「杏寿郎さんは赤ちゃんの頃も、きっと可愛かったんでしょうね!」
「その言い方だと、あいつが今でも可愛いみたいじゃないか」

深月が口にした感想に、槇寿郎は眉をひそめてどん引く。
二十歳を過ぎて、子供までこさえた息子を、さすがに可愛いとは思えない。

「あら、私はたまに可愛いと思いますけど……」

深月がきょとんとして答えると、槇寿郎はげんなりした顔で溜め息を吐いた。
この嫁は元々気が強かったが、出産してからはなんというか、図太くなった気がする。

そこで、部屋の障子が開かれた。

「ただいま戻りました。父上、ありがとうございました」

障子を開いたのは杏寿郎だった。
彼の手にはお盆が握られていて、その上には湯呑みと器に入った牛乳が載っている。

深月に気付いた杏寿郎は、嬉しそうな笑顔になる。

「深月、おかえり!」
「只今帰りました。お任せしてすみません。お義父様も、ありがとうございます」

深月は笑顔を返し、槇寿郎には頭を下げる。

杏寿郎が部屋に入ってきて、お盆を畳に置く。
載っていた湯呑みの一つを槇寿郎に差し出し、もう一つは深月に手渡す。
それから、丁度目を覚ました息子を抱き上げる。

深月は手渡された湯呑みと杏寿郎を交互に見て、彼に尋ねる。

「あれ、杏寿郎さん。このお茶、杏寿郎さんの分ですよね?」
「俺のはまた後で淹れるから、それは深月が飲んでくれ。あと、帰ったばかりで申し訳ないが、お乳を頼めるか?」

杏寿郎が持ってきた牛乳には糖分が加えてあって、息子に飲ませるために用意したものだった。
しかし、それを与えるより、母乳の方が安心である。

「じゃあ、俺は部屋に戻る」

息子と嫁のやり取りを聞いて、槇寿郎は湯呑みを持ったまま立ち上がる。
これから授乳するというのに、自分が居ては困るだろう、と思ったのだ。

杏寿郎と深月は改めて槇寿郎に礼を言い、槇寿郎は軽く頷いて応える。
彼が部屋を出て行ってから、深月は湯呑みを畳に置いて、隊服のボタンをベルトの際まで開ける。

杏寿郎から息子を受け取って、半襦袢ごと襟を開き、息子にお乳を与える。
腹が減っていたのか、息子は勢いよく吸い付く。

杏寿郎はそれをじっと見ながら、口元に手を当てる。

「母乳というのは味がするのだろうか」
「えっ……さあ、どうでしょう」

急に何を言い出すのだろうか、と深月は困惑する。
杏寿郎を見れば、彼は真剣な顔で深月の胸を凝視していた。

さすがに恥ずかしくなって、深月はくるりと体の向きを変える。

「もう!見すぎです!」

頬を染めて抗議すれば、杏寿郎は一瞬ぽかんとしたあと、悪戯っ子のように口角を上げた。
深月の前に回り込み、彼女の胸元をのぞく。

「夫婦なのだから、いいではないか」
「夫婦でも、恥ずかしいものは恥ずかしいです。それに、今は手が離せないので」

深月は息子を抱く腕に力を込め、また体の向きを変える。
そりゃあ、胸なんて、今まで数えきれないくらい見られている。授乳の際もいちいち気にしてられないので、杏寿郎の目の前で襟を開くことも珍しくない。だが、羞恥心がなくなったわけではないのだ。
あんまり凝視されれば、恥ずかしくて落ち着かなくなる。

「すまん、すまん」

杏寿郎は笑顔で謝罪し、深月を追うのを止める。
これ以上からかって怒らせてはいけないし、もし息子に何かあったら心臓が止まってしまう。

深月は安心したように息を吐き、授乳を続ける。
腕の中で必死に母乳を飲んでいる息子が、とても愛おしくて自然と笑みがこぼれる。

そんな彼女を見て、杏寿郎も幸せそうに目を細める。
小さな息子は可愛いし、妻の恥じらう姿も愛らしい。

生き延びた甲斐があった、と幸せを噛み締めた。





 




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