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生存if 弐 四二
柱稽古は、宇髄による基礎体力向上から始まる。次に蜜璃による地獄の柔軟。時透による高速移動の稽古、伊黒による太刀筋矯正、不死川による無限打ち込み稽古、悲鳴嶼による筋肉強化訓練と続く。
名称に『地獄の』と付くのは蜜璃の柔軟だけだが、一般隊士にとっては、どれも地獄と言って差し支えない。
その地獄の柱稽古に、深月も今日から稽古をつけてもらう側として参加している。
「遅い遅い遅い遅い!」
宇髄の怒号が飛び、彼の持つ竹刀が地面でへばっている隊士に叩き付けられる。
「深月を見習え!あいつ、産後だぞ!」
急に名前を呼ばれ、深月は反射的に振り返る。
その際、つい足を止めてしまった。
直後。
「何止まってんだよ!他よりましでも、柱としてはまだまだだからな!!」
「ぎゃー!すみません!!」
宇髄の怒号が飛んできて、なんだったら竹刀まで飛んできそうな勢いだったので、深月は慌てて走り込みを再開する。
深月も一応末席とはいえ柱で、他の一般隊士に比べれば体力はあるほうで。
ただ、出産前後に長いこと休んでいたため、以前のように、とまではいかない。以前のままでも、他の柱より劣っている自覚もある。
それでも、今の怒号は理不尽ではないだろうか、と深月は心の中で文句を言う。
口にしたら、今度こそ竹刀が飛んできそうなので、あくまでも心の中だけで。
*****
他の一般隊士の倍ほどの距離を走った頃に、深月は昼休憩を言い渡された。
昼餉を作ってくれているのは、宇髄の嫁三人だ。
無理を言って稽古をつけてもらう側にしてもらったのに、昼餉まで用意してもらっては申し訳ない、と深月は彼女たちを手伝おうとしたが、それは丁重に断られた。
昼餉を受け取り、一人でもくもくと食事を口に運んでいると、なんだか周囲が騒がしくなってきた。
また宇髄が誰かをしごいているのかと思ったが、さすがに昼休憩中にしごくほど彼も厳しくないだろう。
それに、騒いでる声の中に宇髄の怒鳴り声は聞こえない。むしろ、なんだか楽しそうな声だ。
一体何だろう、と深月が騒がしい方を振り向くと、聞き慣れた快活な笑い声が聞こえてきた。
「え、まさかね……」
深月は乾いた笑みを浮かべ、気にしないようにして食事を再開する。
だが、しかし。
「ド派手な髪色じゃねえか!煉獄そっくりだな!」
「そうだろう!似ているのは見た目だけじゃないぞ!」
はっきりと聞こえた『煉獄』という呼び名に、無視できないほど大きな声。
深月は最後の一口を慌てて飲み込み、騒ぎの中心へと向かった。
案の定、そこには和装の杏寿郎が居た。羽織は以前と同じく、炎柱の羽織を身に纏っている。
本来であれば現在の炎柱である深月が受け継ぐはずのそれは、彼女には大きすぎて、深月は似たような羽織を仕立ててもらって愛用しているのだ。
彼の前には宇髄、二人の周りにはわらわらと一般隊士が集まっていた。
「杏寿郎さん!」
深月が一般隊士の集まりを掻き分けながら声を掛けると、杏寿郎が太陽のような笑顔で振り返る。左目には、宇髄からもらった眼帯をしている。
「深月!調子はどうだ?」
「調子はって……それより、あの子はどうしたんですか?お義父様に預けて来たんですか?」
息子の世話を任せたはずなのに、どうしてこんなところに居るのか。
槇寿郎や千寿郎に預けてきたにしても、事前に相談してほしかったし、残された息子が心配だ。
一瞬、杏寿郎を責めるような気持ちになり、深月は眉を吊り上げたが、すぐに目を丸くして立ち止まった。
杏寿郎の腕に、息子が抱かれている。連れてきたのだ。
「えっ、なんで……ええ?」
深月が困惑していると、杏寿郎が歩み寄ってきて、息子を彼女に渡す。
息子は数時間ぶりの母との再会にご機嫌で、きゃっきゃと深月に両手を伸ばしている。
「手に負えなくて連れて来ちゃったんですか?」
息子を抱いて、無意識に体を揺らしながら深月は杏寿郎に尋ねる。
杏寿郎はゆるゆると首を横に振って、「宇髄に見せに来た!」と元気よく答える。
理由はわかったが、何故、今なのだろう。
柱稽古の真っ最中なのだから、迷惑ではなかっただろうか。
深月は不安になって宇髄を見上げる。
宇髄は深月の表情から彼女の考えを察し、にっと明るく笑ってみせる。
「俺が提案したんだよ。『どうせなら、深月が柱稽古に参加してる間に見せに来い。他の連中にも見せてやれ』って」
母親が居れば何か起きても安心だし、休憩時間なら稽古に差し支えない。
それに、柱の面々だって、杏寿郎と深月の子供を見たがっている。
「そうだったんですか……宇髄さん達がいいなら……」
そう言いつつも、やはり稽古をつけてもらう立場で夫と息子同伴なんて申し訳なくて、他の隊士もおもしろくないだろうと思って、深月は困ったように笑う。
しかし、周囲の反応は、深月の予想と異なっていた。
「きゃあー!赤ちゃん、見せてください!」
「須磨!いきなり失礼だろ!」
きゃいきゃい騒ぎながら来たのは須磨で、続いて彼女を叱りながらまきをが、少し遅れて雛鶴がやって来た。
三人とも、深月の周りに集まって、息子を笑顔でつついたり、撫でたりしてくる。
「可愛いですね。深月さんにも似てます」
「そうですかね……?」
雛鶴の言葉に、深月は苦笑する。
きっと、社交辞令というやつだ。息子はどう見たって、煉獄家の顔をしている。
「ほんとだ!笑った顔が似てますね」
「目元が似てるんじゃないかい?」
須磨とまきをがそう続けるのを聞いて、深月は嬉しそうに微笑む。
その柔らかく下がった目尻が、息子とよく似ていた。
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