(141/160)
生存if 弐 四七
不死川の稽古は、単純な打ち込み稽古だ。
内容だけなら単純なのだが、決して容易ではない。
何せ、相手は不死川なのだから。
隊士達が束になっても敵わず、反吐をぶちまけて失神してから、漸く休憩となる。
ただ、それは一般隊士の話で、深月だけは対応が異なった。
「どっからでも来やがれェ」
「はい……」
不死川に手招きされ、深月は渋々応える。
深月はあくまでも柱なので、特別扱いというか、彼女だけ一人で不死川に向かっていかなければいけないのだ。
その間、他の隊士は休憩できるので安心して死んだふりをしている。万が一にも巻き込まれないように。
深月は深く息を吸って、ぐっと地面を踏み込む。
「炎の呼吸 壱ノ型──不知火」
炎を発するような勢いで距離を詰め、不死川に斬りかかろうとしたが、あっさり防がれ弾き飛ばされる。
あわや隊士の一人を頭を踏むかというところで、身体を捻って着地点を変える。
顔のすぐ側に深月の踵が叩き付けられた隊士は、悲鳴も上げられずに意識を飛ばした。
それを見た他の隊士達は、死んだふりを止めてわあわあと庭の隅に逃げていく。
深月は何度も何度も斬りかかっては弾かれ、地面に叩き付けられる。
しかし、そのうち木刀を打ち合う音の回数が増え、弾き飛ばされる回数が減っていった。
「おらおらァ!立派なのは踏み込みだけかァ!?」
「ぅぐっ……」
やはり膂力では不死川に敵わず、押され気味になる深月だが、決して諦めずに彼の技を受ける。
しばらくして、深月の身体はまた宙を舞う。もう何度目かもわからない。
彼女の飛んでいく先を見て、不死川が焦ったように目を見開く。
「あっ!?」
「えっ、わあっ!?」
不死川の視線を辿り、深月も声を上げる。
深月の着地予定点が縁側で、そこに杏寿郎が腰掛けていたからだ。彼の腕には息子が抱かれている。
ほんの数分前に到着し、見学していたようだ。稽古に夢中になっていた深月は彼らに全く気付いていなかった。
不死川は気付いていたので、深月を彼らの方向に飛ばしてしまったのはちょっとした手違いだ。
深月は慌てて身体を捻って着地点をずらそうと努力する。
まさか、旦那様を踏みつけにするわけにはいかないし、息子に危険が及ぶなんて耐えられない。
(うむ。惜しい!)
杏寿郎は一瞬避けずにいようかと思っていたが、ギリギリ深月の足が掠めそうな距離だと気付き、半身分横にずれる。
片目だけになって狂った距離感にも、最近は慣れてきた。
杏寿郎の予想通り、深月はつい今しがた杏寿郎が居た場所ギリギリに足をついた。
すぐ側に降り立った母を見て、息子は楽しそうにきゃっきゃとはしゃいでいる。
「す、すみま、せ……」
隊士を避ける時よりも激しく身体を捻ったことにより、深月は腰や背中の痛みに堪えながら謝罪する。
「いや、惜しかったな!あと拳一つ分右だった!」
「うう……」
笑顔で明るく答える杏寿郎の言葉が、ぐさぐさと深月に突き刺さる。
惜しいと言われたが、杏寿郎が避けてくれなかったら、息子ともども危険に曝していた。
深月は縁側から降り、杏寿郎の前にしゃがみこむ。
小石でも飛んでいたら、と思って、一応息子の様子を確認するが、特に問題なさそうだ。
まあ、何かあっても杏寿郎が守ってくれただろうが。
不死川も少々慌てながら、三人の元へ駆け付ける。
「すまねぇ。飛ばした方向が悪かったなァ」
「いえ!不死川さんは悪くありません!」
深月が即答すると、不死川は驚いたような顔になり、すぐに破願した。
彼の笑顔は珍しく、次は深月が面食らう。
不死川は杏寿郎に歩み寄り、深月の隣にしゃがみこむ。
杏寿郎に抱かれている息子は、人見知りしないようで、引き続ききゃっきゃとはしゃぎながら不死川に手を伸ばす。
「不死川のことが気に入ったようだな!君の人柄を察しているのだろう!」
杏寿郎がいつもの明るい笑顔でそう言うと、不死川は恥ずかしそうに頬をかきながら、「そうかァ?」と返す。
その顔は満更でも無さそうで、深月は柔らかい笑みを浮かべる。
ずっと怖いと思っていた不死川は、実は子ども好きの優しい人なのかもしれない、と。
それに、稽古中何度も不死川に近付き、今も側に居るが、彼には意外な特徴があった。
「ちょっと甘い匂いしますもんね」
「あァ!?」
「ひぃっ!」
実際にあんこのような匂いがするから口にしただけなのに至近距離で凄まれ、深月は短い悲鳴を上げる。
息子はというと、驚いたようだが、凄む人間というのが珍しいらしく、まだはしゃいでいる。
にこにこと笑っている杏寿郎。青い顔をしている深月。杏寿郎そっくりの顔で笑っている、彼らの息子。
三人を見ていたら心が穏やかになったような気がして、不死川は自然と二人の息子に手を伸ばす。
「大きくなれよォ」
さっきの深月に負けないくらい柔らかい笑みを浮かべて、息子の頭をわしゃわしゃと撫でる。
息子は不死川の指を握り、まだ言葉にならない声を上げた。
表紙 目次
main TOP