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生存if 弐  四九


悲鳴嶼の稽古の最後の難関、岩運び。
運ぶと言うより、押すと言う方が正しい。

深月のそれは、家族の写真と思い出で解決した。

槇寿郎と千寿郎。杏寿郎と息子。
二枚の写真を懐に入れて、彼らの、特に千寿郎と息子の明るい未来を思い描く。
鬼のいない世で、自分の信じた道を、自由に歩く彼らを。

そして、鬼に殺された家族のことを想う。
両親にはもっと長生きしてもらって、自分の花嫁姿を見せたかった。
弟妹達がどういう大人になるのか見届けたかった。
もう叶わぬ夢だが、あの夜を思い出せば、胸の奥に仕舞っているはずのどうしようもない怒りが湧いてくる。

もし、今の家族が同じ目に遭ったら、と想像するだけでより怒りが湧いてきて、そんな目に遭わせてなるものか、と改めて決意すると、腹の底から力が湧いてくる。

杏寿郎だって、もうあれ以上怪我をすることなどないように、と強く願った。


*****


煉獄家の一室で、深月は悲鳴嶼と相対していた。
稽古を達成し、改めて息子を見てもらうために招いたのだ。

「ああいうの、反復動作って言うんですね。悲鳴嶼さんもされてると、玄弥くんが教えてくれました!」
「そうか、玄弥が……」

深月が稽古中のことを悲鳴嶼に伝えると、彼は大きな数珠をジャリジャリと鳴らしながら弟子のことを思った。

生き急いで、焦って、誰彼構わず噛み付いていた弟子は、ほぼ初対面の深月とも会話できるほど柔らかい雰囲気になったようだ。
まあ、深月が無理矢理聞き出した可能性もあるが。

「悲鳴嶼さんのお弟子さん、いい子ですね。私が岩運びを成功させたら、『おめでとうございます』って声を掛けてくれたんですよ」

深月はぎりぎりだったが、自分で岩運びを成功させることができた。
その直後、玄弥が話し掛けてきて、反復動作について教えてくれたのだった。

その時の玄弥は真っ赤で、話し方もたどたどしくて、怖そうな見た目とは裏腹に思春期の男の子らしさを持っていた。
その様子を思い出し、深月はくすっと笑う。

どうやら、深月ではなく玄弥の方が声を掛けたらしいということがわかり、それが喜ばしくて、悲鳴嶼は涙を流す。

彼が涙もろいことを稽古の間に察した深月は、さして気にせずにこにこしている。

そこで、障子の向こうから声を掛けられた。

「お待たせしました!」

杏寿郎だ。
障子を開けた彼の腕には、息子が抱かれている。

先程まで悲鳴嶼に抱いてもらっていたのだが、杏寿郎の腕に戻った途端催したらしく、おしめを替えに行っていたのだ。

息子は悲鳴嶼の巨躯をきらきらした目で見つめ、手を伸ばす。
人見知りをほぼしないのは、杏寿郎に似たのか。

悲鳴嶼はその気配に気付き、手に指を差し込んでやる。

「健やかに育つといいな」

仲間の子供の成長を願う、心からの言葉だった。

「はい!」
「そうですね。鬼の居ない世で」

杏寿郎は満面の笑みで元気よく返事をし 、深月は少し目を伏せながらで応えた。

悲鳴嶼は彼ら家族の幸せを願って、また涙を流した。


*****


悲鳴嶼が帰った後、任務の支度をしている深月に、杏寿郎が声を掛ける。

「あとは、冨岡の稽古か?」
「あ、いえ……冨岡さんは、稽古に参加されないと仰ってました」
「むう。そうか」

しのぶも稽古には参加できない事情があると言っていたので、深月の稽古はこれで終わりだ。
あとは自分で鍛錬しつつ、柱としての見廻りに専念するだけだ。

しかし、そうなると、冨岡やしのぶに息子を見せる機会がない。彼らにも、是非息子を抱いてほしいものだが。
彼らの家を訪ねるか、悲鳴嶼のように家へ招くか。

杏寿郎は少し考え込んで、彼らの家へ行くことに決めた。

「今度、蝶屋敷と冨岡の家へ行こう!」

蝶屋敷には世話になった少女たちがいるし、冨岡は自宅の方が落ち着けるだろう、と思ってのことだ。

杏寿郎の考えを察し、深月も笑顔を返す。

「そうですね。それぞれ鎹烏を飛ばしておきましょうか」

言いながら支度を終えて、衣紋掛けの羽織を手に取る。
この羽織は、炎柱の羽織と似たような意匠だが、深月の身長に合わせて丈を短く仕立ててある。
また、煉獄家の男児の髪色と同じ赤と金の組紐を胸の前にあしらっており、それをずり落ちないように結ぶ。

(杏寿郎さんもお義父様も、よく何も無しでずり落ちなかったなあ)

先代、先々代の炎柱である彼らは、戦いの最中であっても、羽織を落とすことはなかった。

彼らの羽織を不思議に思いつつ身支度を終え、深月は杏寿郎に笑顔を向ける。

「それでは、行って参ります」
「ああ。気を付けて」

杏寿郎は柔らかく微笑み、深月の額に軽く口付けた。

彼女が今夜も傷一つなく無事に帰ってきますように、と願いを込めて。





 




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