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第一章  十六


その日、槇寿郎からの言いつけで、深月は千寿郎と買い出しに出掛た。

その帰り、人通りの少ない道で、二人は四人の男に囲まれた。
一瞬、なんだと身構えたが、深月は男の中の一人の顔に見覚えがあることに気付く。

親戚だ。父の生前、ひらすら金の無心に来て、深月を誘拐したこともある。果てには、深月の両親が遺した財産を、根刮ぎ奪い取っていった奴だ。

深月は荷物を持っていない方の手で、庇うように千寿郎の肩を引き寄せる。

煉󠄁獄家の子息であり、杏寿郎の弟でもある千寿郎に何かあっては、槇寿郎や杏寿郎に合わせる顔がない。

「退いて」

深月は冷たく言い放つ。
親戚の男は、にやにやと下卑た笑みを浮かべ、行く手を塞ぐ。

「お前、随分良い家に引き取られたみたいじゃないか」

深月は溜め息を吐く。どうやって知ったのかわからないが、深月が煉󠄁獄家の世話になっていることを突き止めたらしい。そして、性懲りもなく金の無心に来たのだろう。

「あんたらに渡す金はない。諦めて」
「それはないだろう!あの家は男所帯と聞いたぞ!お前が体でも差し出せば、自由になる金ぐらい貰えるんじゃないのか?」

男の言動に、深月は耐えられない不快感を覚え、今にも手が出そうになった。

しかし、杏寿郎から「人を傷つけてはいけない」と教わったばかりなので、荷物を握り締めて我慢する。

男を殴ってしまったら、それは自分の為になってしまう。弱き人の為ではない。

だが、深月の中に、どうしようもない怒りが燻る。

「あの方達は、そんな人間じゃない。侮辱することは許さない」

深月の怒りに気付かず、男は続ける。

「お前の両親が遺した端金は使いきっちまって、生活が苦しいんだ。親戚のよしみだろう?」
「ふざけないでください!」

声を荒げたのは、千寿郎だった。

「貴方達は、深月さんからこれ以上何を奪うおつもりですか!深月さんが一番辛い時に、突き放したのに!」
「なんだ、この餓鬼?お前、まさか餓鬼から丸め込んだのか?」

男の手が千寿郎に向かって伸びた瞬間、深月の我慢は限界に達した。

荷物を地面に落とし、空いた手で男の手首を掴む。そして、これでもかというほど捻り上げる。
その痛みから逃げようと、男が捻られた方向と同じ方向に回る。その隙をついて、足を払い、腕力だけで男を地面に叩き付ける。男の呼吸が一瞬止まり、苦しそうに咳き込む。

それでも、手首を離さない深月。深く息を吸い、渾身の力で握り締める。

「ぎゃああああ!!」

男の汚い悲鳴が聞こえたところで、深月は手を離す。
男の手首は鬱血し、変な方向に曲がっていた。

「二度と私達の前に現れないで。痛いの、嫌でしょう?」

深月が無表情で首を傾けると、残りの男達はささっと道を開けた。
荷物を拾い、千寿郎の手を優しく引いて、深月はその場を去った。


*****


帰宅後、深月は杏寿郎に土下座した。

「申し訳ございません……早速、お母様の教えを守れず……!」

床に額を押し付け、情けなさから溢れそうになる涙を必死に堪える深月。

何が起こっているか理解していない杏寿郎に、千寿郎が先程の出来事を説明する。

それを聞いた杏寿郎は、険しい顔になる。
空気がびりびりと震えるような感じがして、深月は「これは怒られる」と覚悟を決めた。

しかし、杏寿郎の言葉は深月にとって意外なものだった。

「二人に怪我はないのか?」
「僕は大丈夫です。深月さんが庇ってくれたので」

千寿郎が答え、深月は恐る恐る顔を上げ、「私も大丈夫です」と答える。

「その男は、まだ付近にいるだろうか」
「いえ、おそらく去った後かと……」

千寿郎が首を振ると、杏寿郎は悔しそうに溜め息を吐いた。

深月は、なんだかおかしい、と首を傾げた。
杏寿郎の怒りが、自分ではなく親戚に向いている。

「あの、杏寿郎さん。私はお叱りを受けなくていいのですか?」

深月がついつい尋ねると、杏寿郎が心底不思議そうな顔で答える。

「叱ってほしいのか?」
「いいえ!滅相もない!」

杏寿郎は小さく微笑んで、深月と千寿郎の頭をそれぞれ撫でる。彼の纏う空気が大分柔らかくなった。

「深月は、自分と千寿郎を守っただけだ。責めるつもりはない。それに、それだけ痛め付けておけば、二度と現れんだろう」

杏寿郎の優しい言葉に、深月の涙は逆に溢れた。
杏寿郎も千寿郎もそれを見て驚き、二人で深月の涙を拭う。

顔を拭かれながら、深月は自分の情けなさに打ちのめされる。

「すみません。せっかく、期待していただいたのに、全然、出来なくて……もっと他に、方法が……」

その様子を見て、杏寿郎と千寿郎は顔を見合せる。そして、二人同時に破顔する。
四人の男に囲まれ、それでも勇ましく立ち向かった少女と同一人物とは、とても思えない。

「深月さん、庇ってくださってありがとうございます。本当だったら、男の俺が何とかしなきゃいけなかったんです」
「千寿郎を守ってくれたこと、感謝する!そんなに泣くことはない!」

煉󠄁獄兄弟はしばらくの間、泣き続ける深月を慰めた。



この時の三人は、親戚の男が再び現れ、深月を拐うなど、想像すらしていなかった。





 




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