表紙 目次
しおりを挟むしおり一覧  



(17/160)  


第一章  十七


親戚と遭遇してから数週間。
深月や煉󠄁獄兄弟は、親戚のことなど忘れかけていた。

「ちょっと買い物に行って参ります」

深月は、庭で鍛錬している杏寿郎と千寿郎に声を掛ける。
槇寿郎は、相変わらず任務以外でほとんど部屋から出てこないが、先程「酒を買ってこい」と命令された。

千寿郎は深月に駆け寄り、自分も着いていくと言ったが、深月は「酒を買いに行くだけだから」とそれを断った。

しょんぼりする千寿郎の耳に口を寄せ深月は、杏寿郎に聞こえないよう小声で話し掛ける。

「いつもお兄様との時間を邪魔してますから。少しの間ですが、兄弟水入らずで過ごしてください」
「え!……ありがとうございます」

千寿郎は嬉しさと照れから真っ赤になって、深月を見上げる。その姿が可愛くて、深月の口角は自然と上がる。

二人に戻る予定の時間を告げ、深月は酒を買いに出掛けた。


*****


買い出しの帰り、深月は迷子を見つけ、声を掛けた。
千寿郎よりも少し幼い女の子だ。路地で親とはぐれてしまったらしい。

「お父さんとお母さんを一緒に探しましょう。どこではぐれたかわかりますか?」

深月は女の子を安心させるように笑いかけ、手を引いて歩き出す。
きっと、杏寿郎や千寿郎でも同じ事をしただろう。

幸い、女の子は親とはぐれた場所を覚えていて、そこに案内してくれるという。

しばらくそれに着いていっていた深月だが、徐々に様子がおかしいと思い始める。

もう随分長いこと歩いていて、杏寿郎と千寿郎に伝えた戻り時間はとっくに過ぎていた。
そして、女の子は段々と人通りが少ない場所に向かっている。

本当にそんなところではぐれたのだろうか。本当だとしても、何故わざわざ遠い場所まで移動していたのか。

引き返そうと思った時には遅かった。

先日、深月と千寿郎の前に現れた男四人が、深月の前に立ち塞がった。

女の子は深月の手を振り払い、男の中の一人の元へ駆けていく。

「残念だったな。こいつは俺の娘だ」

一人の男が女の子を抱き抱え、「よくやった」と誉めている。

まさか、幼い女の子に騙されるなど、深月は夢にも思っていなかった。

しかし、厳しい修行に耐えてきた今の深月であれば、男達から逃げるのは容易いことだ。

深月が踵を返し、足に力を込めた瞬間、背後から甲高い悲鳴が聞こえた。
思わず振り返ると、女の子の首に小刀が突き付けられていた。その小刀を持っているのは、女の子の父親だと名乗った男だ。

「その子、貴方の娘じゃないの……?」

深月が尋ねると、男はゲラゲラと汚い口で笑う。

「娘さ!女衒に売ろうと思ってたな!あんたを誘き寄せることができたら、売らないでやるって言ったんだ!でも、あんたが逃げそうだからよお」

深月は唇を噛み締める。今逃げれば、女の子の首から鮮血が噴き出すことだろう。もしくは、女の子が売られてしまう。かといって、女の子を確実に救い出せる自信もない。

深月はせっかく買った酒を地面に置き、両手を挙げた。
きっと今は、これが一番正しいのだと、深月は自分に言い聞かせる。

「抵抗しないから、その子を離して」
「ダメだ!離したら逃げるだろ!着いてこい!」

深月の親戚が、手招きするように深月に折られた手首を振る。それは、添え木と包帯で固定してあった。
女の子は男に抱えられたまま震えていて、残り二人の男は深月の後ろに回った。

「逃げないから」

深月は気丈に言い、男達に着いていった。
隙さえあれば逃げるのは容易い。女の子さえ逃がせば、と考えながら。


*****


連れていかれた先は、深月の家だった。
いや、今は親戚が管理しているようなので、『元』である。
きっと今後売りに出されるのだろう、と深月は悔しさを噛み締める。

中に促され、惨劇のあった部屋に通された。
畳も障子も替えられていて、血の跡はなくなっていたが、深月の額に汗が浮かび、呼吸は少し荒くなる。

深月が堪らず俯くと、男の中の一人が待ってましたと言わんばかりに、深月の後頭部を殴り付けた。

深月がよろけた隙に、他の男がどこからか角材を持ってきて、さらに殴る。

突然の痛みと脳が揺れた衝撃で、深月は畳に四つん這いのように倒れ込む。なんとか意識を保ち、立ち上がろうとするが、畳に滴った自分の血を見て、惨劇の夜を思い出してしまい、余計に目が回りそうになる。

親戚の男は、折れていない方の手で彼女の前髪を掴み、無理矢理顔を上げさせる。

「お前が金をくれねえからな。お前を金にすることにした。おい、その餓鬼はもういらねえよ」

女の子の代わりに、深月を女衒にでも売り払うつもりなのだろう。深月はなんとか動こうとするが、視界が揺れて姿勢を保つことすらままならない。

その間に、女の子は父親の腕から解放され、どこかへと走っていった。

「お前、生娘か?あの家の男どもにやられちゃいねえよな?」

親戚の男に尋ねられ、深月は朦朧とする意識の中、男の顔に唾を吐いた。
男は激怒して深月の髪を離し、その手で彼女の横っ面を殴る。それによってさらに脳が揺れ、深月は歯を食い縛る。

その様子を見ていた別の男が、不安そうに口を開く。

「なあ、こいつ、傷物って言ってなかったか?」
「ああ、そういやそうだ……しまった」

親戚の男は舌打ちをする。深月が倒れ込んだからといって、女の子を逃がしたのは早まった。
しかし、ちらりと深月を見て、にいと口角を上げる。見目も良ければ年頃の娘だ。先ほど唾を吐かれたということは、家の男は深月に手を出していない。

「……傷によっては売れるかもしれねえから、確認しておくか」

親戚の男は深月の髪を再度掴み、強く引き上げて体を無理矢理起こさせ、別の男が深月の着物の合わせを襦袢ごと無理矢理開く。

傷はどこかと探す前に、深月の体に巻かれている大量の包帯に気付く。それが帯の下まで続いているとわかり、帯も着物も剥ぎ取る。襦袢は荒く引き裂いてから、男は包帯に手を掛ける。

「やめて……」

深月が力なく言うが、包帯は半分ほど剥がされた。

「うわ、なんだこれ!これじゃあ、売れるわけがねえ!」

男の一人が、不快感を隠そうともせず言いのける。そして、女の子の父親が、持っていた小刀で残りの包帯を縦に切り裂き、深月の上半身が晒される。
しっかりと刃を立てていたので、包帯ごと深月の肌も切られ、新しい傷から血が溢れる。あまり深い傷ではなかったが、深月の顔は苦痛に歪む。

深月にとって、胸が晒されたことよりも、背中の傷を見られたことの方が衝撃だった。

親戚の男は、掴んでいた深月の髪を前に押し出し、深月を押し倒すように床へ叩き付け、馬乗りになる。

金にならないのであれば別の使い道がある、と考えたのだ。
後で女の子を捕まえれば、深月程ではないにしろ、多少は金にもなる。

「せめて俺達を楽しませてくれよ」

そう言って、親戚の男は深月の乳房を鷲掴みにした。
深月が抵抗するよりも先に、他の男が手足を押さえ付けてきて、隠し持っていた縄で彼女の手を縛った。
その中の一人は、深月の着物の裾を開き、太腿を撫で回す。

あまりの不快感に深月は嘔吐えずくが、男達の手は止まらない。

心の中で「誰か助けて」と繰り返し叫びながら、深月の頭に浮かんだのは、ただ一人の人物だった。

背中の新しい傷の痛みによって、意識は大分はっきりしてきた。しっかり動くようになった口で、深月はその人物の名前を叫ぶ。

「杏寿郎さん!!」

次の瞬間、庭に面した障子戸が、激しい音を立てて吹っ飛んだ。

そこは、あの夜、深月が庭に逃げ出した時に破った障子戸と同じ場所だった。







 




  表紙 目次

main  TOP