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生存if 弐  五三


少し離れたところで繰り広げられる乱闘騒ぎを、杏寿郎は複雑な気持ちで眺めていた。

出会った当初に比べれば、深月はかなり強くなった。それこそ、今や柱になるぐらいだ。

彼女は不死川の拳や蹴りをある程度いなし、何度投げ飛ばされても殴られても、彼を止めようとまた向かっていく。

特に足腰は、長年続けてきた炎の呼吸に加え、悲鳴嶼のところでの修行で強化されたようで、一度不死川にしがみつけば、地面に足をめり込ませながらも、彼の進行を数十秒止めることができている。
ただ、腕力では敵わないので、そのうち引っ剥がされて投げ飛ばされてしまうのだが。

それでも、不死川と十分渡り合えるようになった彼女の成長は師として喜ばしいことだ。

喜ばしいことなのだが、密着度に嫉妬してしまう。

深月は不死川にしがみつく時、必死なのだろう。ほぼ抱き着くような形になっている。
止めるためとはいえ、あんなに力強い抱擁は、杏寿郎だってあまりされたことはない。

「むう。深月は、やはり女性としての自覚が足りないな」

そう呟いて、「なあ?」と息子に同意を求める。
息子は父の気持ちも母の状況も知らず、可愛らしく首を傾げていた。


*****


「つ、疲れました……」

ぼろぼろになった深月が戻って来て、風柱邸の一室で待っていた杏寿郎と息子に纏めて縋り付く。

普段であれば、杏寿郎の着物が汚れるだとか、息子が汚れるだとか、そういうことに気を使うが、そんな余裕もないくらい疲弊していて、とにかく家族に癒やされたかった。

不死川を止めるのは骨が折れるどころの話ではなかった。
炭治郎どころか、止めに入った隊士も怪我だらけで、漸く全員の手当てを終えたところだ。

炭治郎だけは、現在鎹烏を通して上層部からのお説教中である。

「ご苦労だった。頑張ったな!」

素直に縋り付いてくる深月が可愛くて、杏寿郎は先程までの嫉妬も忘れ、笑顔で彼女を労う。
本当は頭を撫でたり抱き締めたりしたいが、息子を抱いている腕ごと深月が抱き着いてきているので、腕を動かすことはできない。

「それにしても、どうしてあんな騒ぎになったんだろうか?」
「うーん、善逸君から聞いたんですけど……」

詳細はわからないままだが、どうやら発端は兄弟喧嘩らしい。

不死川と玄弥は兄弟で、玄弥に鬼殺隊を辞めさせる辞めないだのの話になって、炭治郎がそれを庇って、という流れだったとのことだ。

不死川と玄弥が兄弟だったことにも驚きだが、不死川は玄弥のことを弟ではないと公言もしているらしい。

杏寿郎も深月も、兄弟仲は良い方なので、彼らの確執については理解が及ばない。何か事情があるのだろうが。

「でもまさか、兄弟喧嘩が乱闘騒ぎになるなんて……」

深月は遠い目をしながら、乱闘中の不死川の形相を思い出す。
彼女の中で不死川は怖い人という印象が強固になってしまった。

深月は小さく溜め息を吐いて、杏寿郎と息子から離れる。

「炭治郎君と善逸君、お説教の後に少し時間を貰えるそうなので、この子を見てもらいましょうか」

そう言って、困ったように笑う。
上層部からも不死川からも、少し時間を貰えた。
本当は、息子を見せるどころの騒ぎではなかったが、きっと気を使ってくれたのだろう。

不死川も怖いのは怖いままだが、一応深月に怪我をさせたことは詫びてくれた。渋々といった様子だったが。

「そうだな。せっかくなら、目的は果たして帰りたいな」

時間を貰えたなら、と杏寿郎も困ったように笑いながら頷いた。


*****


少し待つと、呼びに行く前に善逸がやって来た。
おずおずと障子を開け、杏寿郎達に近付いてくる。

「あの、深月さん、大丈夫ですか……?」
「ありがとう。炭治郎君よりかは大丈夫だと思うよ。善逸君は? 痛むとこない?」

善逸は、初めに深月を心配し、彼女の問いに自分も問題ないと答える。
不死川は怖かったし、玄弥には殴られたが、善逸も既に彼女から手当てを受けている。

それから、善逸は改めて頭を下げる。

「おめでとうございます」
「ありがとう!」
「ありがとう。よかったら触ってあげて」
「えっ……」

深月の言葉に、善逸はおろおろし始める。
赤ん坊なんて触ったことがないし、この小さい生き物をどう扱っていいかわからなかった。
それに、杏寿郎を小さくしたような赤ん坊は、眼力が強くて、じっと見つめられて、たじろいでしまった。

善逸が躊躇ってるうちに、今度は炭治郎がやって来た。

「お待たせしました。お二人共、おめでとうございます」

ぼろぼろの顔で明るく笑い、深々と頭を下げる。
それに対して杏寿郎と深月が礼を言うと、炭治郎は杏寿郎の腕の中の赤ん坊を見て、目を輝かせる。

「煉獄さんそっくりですね! 撫でてもいいですか?」
「ああ、撫でてやってくれ!」

杏寿郎が快諾すると、炭治郎は躊躇うことなく彼らの息子に手を伸ばす。
頭を撫でて、自分の弟妹達の小さい頃のことを思い出して、優しく笑う。

それを見て、善逸は素直に感心する。

「炭治郎、すごいな。俺は怖くて触れない……」
「俺は弟達が居たから。でも、怖くないぞ。善逸も撫でさせてもらったらいい」

炭治郎は善逸の手首を掴み、赤ん坊の頭に誘導する。

善逸はおろおろするが、炭治郎も譲らない。
なんとか赤ん坊の頭に善逸の手が触れたところで、善逸が感動したように頬を紅潮させる。

杏寿郎と深月は、少年二人のやり取りをしばらく微笑ましく見守った。





 




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