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第一章 二二
先刻、杏寿郎が部屋の外に居ることに気付いた深月は、声を掛けるか悩んだ。きっと、自分を心配して様子を見に来てくれたのだろうとは思うが、やはり気まずさは残っていた。
しかし、杏寿郎が入ってくる気配がないので、深月は思い切って障子を開け、何気ない風を装って声を掛けた。
どんな顔をすればいいかわからないと思っていたのに、杏寿郎の顔を見た途端、胸がときめいた。
数日ぶりに顔を見れたのが嬉しくて、杏寿郎は任務で疲れているとわかっているのに、深月はつい彼を部屋に招いて話をしてしまった。
それが今、深月は杏寿郎の腕の中に収まっている。
杏寿郎が深月の腕を引き寄せ、体勢を崩した深月が彼の胸に飛び込む形になったからだ。
数ヶ月鍛えて深月も大分頑丈になったが、それでもそれは女性の体だ。
杏寿郎は壊さないように、でも力を込めて、彼女を抱き締める。
「杏寿郎さん……?」
深月は杏寿郎の胸元に手を添えながら、一体どうしたのだろう、と杏寿郎を見上げる。
それがまた愛らしくて、杏寿郎は我慢できず深月に口付けた。
驚いた深月はすぐに顔を離し、杏寿郎の胸を押して少し仰け反る。
しかし、体勢が悪い上に杏寿郎の腕が背中に回されているせいで、逃げることはできなかった。
杏寿郎は、深月の顎を掴んで固定する。
そして、先程よりも少し長く口付ける。
その後は何度か短く口付けながら、次は逃がすまいと深月の後頭部に手を添え上を向かせた。
傷を触られ、深月は軽い痛みに眉をひそめたが、杏寿郎は目を閉じていてそれに気付かない。
深月は次々と降ってくる接吻にどうしていいかわからず、目を固く瞑り、杏寿郎の隊服を握り締めて終わりを待つ。
しかし、杏寿郎は終わらせるどころか、段々と口付けを深くしていく。
唇を舐めて、舌で口をこじ開けようとするが、深月は口を固く閉ざしていて、なかなか侵入させてくれない。
杏寿郎は唇を離さずに、深月の背中に回していた腕を、彼女の胸元に移動させた。合わせの隙間から鎖骨の下を軽く撫でてやれば、驚いた深月から短い悲鳴が上がる。
その際、僅かに開いた口から舌を侵入させ、口内を蹂躙するように舐め始める。
歯列をなぞり、逃げようとする舌を絡めとり、口を離したかと思えば唇を食む。
それらを繰り返していると、深月の口から段々と甘い声が漏れ始める。
それは杏寿郎を煽る材料でしかないことを、深月は理解していない。
そのうち、深月の口の端から、飲み込めなかった唾液が溢れて、首筋まで垂れて濡らす。
満足した杏寿郎がゆっくりと唇を離すと、二人の間に銀の糸が引き、すぐに切れた。
深月は軽い酸欠と初めての感覚で、頬を上気させ、少しふらついている。それに気付いた杏寿郎は、深月を支えながら布団の上に座らせる。
布団に移動した後も、深月は少しぼうっとしていた。
それでも深月が怒らず、怖がっている様子も無いことに、杏寿郎は嬉しくなる。
「深月」
いつの間にか愛しい人になっていた彼女の名前を呼びながら、杏寿郎が深月を布団の上に押し倒すと、深月は特に抵抗するでもなく、ぽすんと布団に倒れこむ。
杏寿郎は深月の頬に手を添え、顔を近付ける。
「嫌か?」
そう尋ねると、深月は潤んだ瞳で杏寿郎を見上げたが、嫌だとは言わなかった。
杏寿郎は深月の口を吸い、寝間着の合わせから手を差し入れる。それを少し下に移動させると、包帯に触れ、杏寿郎は硬直する。
数秒後、硬直が解けた杏寿郎は唇を離し、手を引き抜いて、「やってしまった」と後悔しながら深月の側に座り込む。
疲れていて正常な判断ができなかったとはいえ、怪我をしている深月になんてことをしているのか、と急に冷静になった。
「深月、すまん。俺は……」
これでは、深月を襲った男どもと同じではないか、と自己嫌悪に陥る。
深月は体を起こし、顔を青ざめさせていく杏寿郎に声を掛ける。
「あの、大丈夫ですよ。嫌ではなかったですし」
それを聞いて、杏寿郎は片手で顔を覆い、深月から顔を背ける。
「そういうのは……今はやめてくれ。我慢できなくなる」
「え!?えっと……すみません……」
さすがにそれ以上返す言葉が思い浮かばず、深月は赤い頬を両手で隠すように覆う。
深月も杏寿郎も、しばらく言葉を発することはなかったが、なんとか気持ちを落ち着けた杏寿郎は、深月の背中に恐る恐る触れる。
「傷は痛まないか?」
「大丈夫ですよ。もうほとんど痛みません」
ありがとうございます、と笑う深月。
これだけのことをされても、深月は杏寿郎に触れられることを拒否しないし、笑顔まで見せてくれる。
それが嬉しいやら申し訳ないやらで、杏寿郎は胸が苦しくなる。
そして、どう考えても「深月は自分に好意を持っている」という結論に至ってしまう。
だが、それはあまり良くないと感じた。
深月は二度も杏寿郎に助けられて、感謝の意と恋情を履き違えているのではないかと考える。
しかし、また彼女に触れたいと思ってしまう自分も居て、杏寿郎は内心頭を抱える。
とりあえず、このままここに居ては、また理性が飛ぶかもしれない、と杏寿郎は適当に理由をつけて、深月の部屋を後にした。
深月はそれを見送ってから、自分の唇に指でそっと触れる。
急に口付けられて、とても驚いた。
押し倒されて、思考が停止した。
先日は、杏寿郎に胸を見られて、恥ずかしかった。
傷を見られて気持ち悪がられたら、と思うと怖かった。
それでも、何一つ嫌とは思わなかった。
あの男どものような不快感や恐怖は感じなかったのだ。
いつの間にか、自分は杏寿郎に思いを寄せるようになっていた、と気付いてしまった深月。
接吻で気付くなんてはしたない、と恥ずかしくなってしまい、その夜、深月はなかなか寝付けなかった。
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