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第一章  二六


「では、行って参ります」

深月は、玄関で槇寿郎と千寿郎にお辞儀をする。

千寿郎は玄関に正座しながら、不安そうに深月を見上げている。
槇寿郎は千寿郎の少し後ろに立ち、険しい顔で深月を見下ろしている。

最終選別に行くにあたり、千寿郎どころか槇寿郎まで見送りに来てくれて、深月は微笑む。

「槇寿郎様、大切な日輪刀を貸していただき、ありがとうございます。ちゃんと持ち帰りますね」
「お前が生き残ればの話だろう」

槇寿郎の返事に、深月はくすっと笑う。この御仁は素直じゃないのだ。

深月が今着ている着物や袴だって、昨日、槇寿郎が寄越してきたものだった。見るからに高価な物で、深月は頂けないと首を振ったが、半ば無理矢理押し付けられた。
槇寿郎曰く、「死装束になるかもしれないから、少しは良いものを着ておけ」とのことだ。

「着物や袴も、ありがとうございます」

深月が改めて礼を言うと、槇寿郎はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

深月がくすくす笑っていると、千寿郎が深月に飛び付いてきた。行儀が悪いが、槇寿郎はそれを咎めなかった。

「千寿郎君、大丈夫ですよ。ちゃんと帰ってきますから」
「はい……深月さんの好きなものを作って、お待ちしてますね!」

泣きそうな顔で無理に笑う千寿郎。
死んでしまった弟妹達も、深月が遠出する際はよく飛び付いてきていたことを思い出し、深月は千寿郎を安心させるように抱き締める。

少しして千寿郎を離し、深月は振り返って玄関の戸を開ける。それを見た千寿郎が、慌てて彼女を引き止める。

「兄上には声を掛けないのですか?」
「……ええ、喧嘩したので」
「ええっ!?ど、どうして……」

深月の返事に、千寿郎は動揺する。
ちらりと槇寿郎を見れば、彼も驚いたように目を見開いていた。

どう説明したものか、と深月が考えていると、奥の廊下から杏寿郎が走ってきた。

「深月……!」

名前を呼ばれたが、深月は杏寿郎の方を見ようともせず、玄関から出て戸を閉めた。ほぼ反射的にそうしてしまった。

大人気ない上に失礼だとは思ったが、杏寿郎の顔を見たくなかったのだ。それに、深月だって昨日酷いことを言われたので、お互い様だと思った。

深月はしっかりと前を向いて、これから自分の死地になるかもしれない藤襲山へ、一人旅立った。


*****


深月が藤襲山に到着すると、既に十数人程の参加者が居た。十代前半の子どもが多く、深月は参加者の中では年嵩の方だった。

しばらくすると、簡潔な説明があり、最終選別は始まった。

参加者達は、一斉に山の中へと走っていき、それに気付いた鬼共が餌を欲して群がってくる。

深月も早速鬼と出くわし、交戦する。

どこから湧いてくるのかというほど、鬼は次々と襲い掛かってきて、相手をしているとあっという間に時間が経つ。

炎の呼吸を使えば、自然と杏寿郎のことを思い出し、その度に深月は唇を噛み締める。今は思い出したくないのに、修行の日々が頭に浮かぶ。

杏寿郎はいつも厳しくて、いつも優しかった。

出発前に酷いことを言われ、あれだけ嫌な思いをして、顔も見たくなかった。さっきまで、思い出したくもなかった。

それでも、一日目の夜明け頃には、彼の声が聞きたくなってきた。彼の笑顔が見たくなってきた。

結局、どんなに酷いことを言われても自分は杏寿郎のことが大好きなのだ、と自覚する深月。

杏寿郎を思い出すことで強くなれる気がして、深月は日輪刀を一層強く握り締めた。

きっと、杏寿郎に命を救われなくても、深月は彼のことを好きになっただろう。どこかで出会って言葉を交わせば、彼の人となりに惹かれたであろう。
つまり、『杏寿郎に二度も救われて、深月は恋をしたと勘違いしている』という、杏寿郎の言葉は間違いなのだ。
そう思える自信が、深月にはあった。

鬼との戦いで少し血を流し、冷静に物事を考えられるようにもなってきた。
杏寿郎は意味もなく、酷いことを言ったわけではないだろう、と深月は思い至る。

接吻についてはよくわからないままだが、深月のことを考えて、深月の想いを否定したのではないか。
深月が数ヶ月間見てきた彼は、そういう人だった。

鬼と交戦中だというのに、深月の口角は自然と上がる。

とりあえず、帰ったら想いを伝えよう。でも、酷いことを言われたのは事実なので、ついでに一発殴ってやろうか。
振られたとしても、引き続き稽古をつけてもらうくらいの我儘は許されるだろう。

そして、早く立派な剣士になって、たくさん褒めてもらおう。
あの大きな手で頭を撫でてもらって、太陽のような笑顔を向けてもらおう。
それを目標にして、強く生きていこう。

深月は自然と上がった口角を引き締め、鬼の首を斬り落とす。
鬼が灰となって消えるのを確認してから、刀の血を払って鞘に収めた。
周囲に鬼の気配は無く、小さく息を吐く。

立ったままで、もちろん警戒もするが、数時間ほぼ休みなしで動きっぱなしのため、少しは体を休めねばならない。

深月は近くの木に背中を預けながら、息を整え、傷を確認する。大きな傷はないし、出血も止まっている。このまま動いても支障ないだろう。

木から背中を離すと、ぞくりと背筋に嫌な感覚が走る。
少し遠いが、鬼の気配だ。次に、参加者の悲鳴らしきものも聞こえてくる。

深月は、その気配と悲鳴に向かって跳躍した。

すぐに、鬼と今にも喰われそうな参加者を見つけ、深月はまず鬼を蹴り飛ばした。
参加者から距離を取り、鬼の首を斬る。少し強い鬼だったので、苦戦してしまった。頬をざっくり斬られ、なかなか血が止まらない。

しかし、先ほど喰われかけていた参加者が気になり、深月は自分の頬はそのままで先程の場所に戻る。
参加者は生きていたが、脚を怪我しているようで、日輪刀を握り締めて震えていた。

丁度よく夜が明けたので、陽が差す場所で深月は参加者の手当てをする。
参加者は深月の頬から流れる血を見て、顔を青ざめさせる。

「貴女も怪我を……」
「見た目ほどひどい怪我ではないので大丈夫です。貴方はまだ戦えますか?」

深月は嘘を吐いた。頬の傷は、見た目通り酷い怪我なのだ。それでも、頬は怪我していても戦える。しかし、脚は怪我をすれば、場合によっては致命的なのだ。

参加者は何度も頷く。まだ戦うつもりらしい。

手当てを終えた深月は、すっと立ち上がる。

「これで動けると思います。無理そうだったら下山されてください」
「ありがとうございます!」

深月はその参加者から離れ、日があるうちに休むことにした。

手当てした参加者が男性だったため、彼には失礼だが、近くで休むことがどうしても不安でできなかった。

杏寿郎なら平気なのに、と思いながら、深月は日輪刀を抱えて眠りについた。



そうやって、夜は鬼を斬り、日中は休む。
他の参加者も助け、手当てもし、最終選別が終わる頃には、深月は疲労困憊だった。

それでも見事、七日間生き抜いたのだった。

途中助けた参加者は、殆ど残っておらず、深月はひどく落ち込んだ。何人か助けたものの、深月も自分のことで手一杯で、助けた後まで面倒を見れなかった。
こんなことなら、全員無理に下山させればよかった、と深月は唇を噛んだ。

隊服を受け取り、深月は重い足取りで煉󠄁獄家への帰路についた。





 




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