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第一章 三一
煉󠄁獄家の廊下にて、深月は杏寿郎を見つけて呼び止めた。
そして、槇寿郎に自分たちの関係を仄めかしてしまったことを伝えた。
槇寿郎は、きっと二人が恋仲になったと察しただろう。
別に悪いことをしているわけではないが、杏寿郎に断りも入れずに口走ってしまったことを、深月は後悔しているのだ。
杏寿郎はきょとんとした顔で深月を見下ろす。
「父上に?」
「はい、すみません……」
深月は申し訳なさそうに眉を下げる。
杏寿郎は深月の頭を撫でながら、気にしないよう伝える。
「いずれ俺も言うつもりだったからな!」
そう言われても、深月は少ししゅんとしている。
杏寿郎としては、いずれどころかすぐにでも槇寿郎に自分たちが恋仲になったと伝えるつもりだったので、本当に気にしないでほしいのだ。
それに、深月はすっかり忘れているようだが、槇寿郎は初め「深月を杏寿郎の嫁にするなら煉󠄁獄家に連れてきてもいい」と言っていたのだ。
それは、深月を煉󠄁獄家に連れてくる際の条件の解釈が杏寿郎と異なっていただけだが、そう言っていた上に今まで深月を煉󠄁獄家に置いていたのだ。深月に不満があるはずもないだろう。
「深月、大丈夫だ!今日中に俺からも父上に話しておこう!」
杏寿郎はまだしゅんとしている深月を、思いっきり抱き締めた。
深月は慌てて抜け出そうとするが、杏寿郎は腕の力を緩めない。
「杏寿郎さん!誰か来たら……」
「隠すことでもないだろう!悪さをしているわけではないのだから!」
深月の髪に軽く口付けて、満足した杏寿郎は深月を解放する。
深月は恥ずかしさで頬を赤くしていたが、もうしゅんとした顔はしていなかった。
杏寿郎はよしと頷いて、槇寿郎や千寿郎に、自分たちの関係を伝えに行こうと、深月と別れた。
*****
杏寿郎が深月と恋仲になった旨を伝えたところ、千寿郎は祝福してくれた。
まだよくわからない年齢だろうが、将来姉になるかもしれないと伝えると、心からの笑顔で「おめでとうございます!」と言ってくれた。
槇寿郎からは、今からでも深月を鬼殺隊に入れるな、と強めに言われた。
あの娘はきっとすぐ死ぬ、と。
それにお前は耐えられるのか、と。
最後の方には、怒鳴るように言っていた。
しかし、杏寿郎も譲らなかった。
「俺は深月を信じています!彼女はきっと強くなります!」
槇寿郎は、持っている酒瓶を割れそうな程握り締める。
杏寿郎も深月も言うことを聞かない。それで最後に辛い思いをするのは、自分たちだというのに。
槇寿郎は、やり場のない怒りを酒瓶を握る手に込める。
ついに、酒瓶が大きな音を立てて割れた。
砕けた瓶の欠片が落ちて、器を失った酒が畳に染み込んでいく。
「深月は強くなると約束してくれました。俺も深月の側にいると約束しました」
息子の真っ直ぐな瞳に見つめられ、槇寿郎はこれ以上怒鳴る気力を無くした。
「勝手にしろ」
槇寿郎がそう呟くと、杏寿郎は割れた酒瓶を片付けようとする。
槇寿郎はそれを拒否し、杏寿郎を部屋から追い出した。
*****
杏寿郎は気を取り直し、千寿郎に槇寿郎の部屋の片付けを頼んだ。今深月を寄越せば、槇寿郎は彼女を怒鳴り付けるだろう。
千寿郎は快く引き受けてくれて、弟を見送った後、杏寿郎は深月の姿を探す。
どこにも居ないので部屋かと思い、彼女の部屋へ向かうと、中から物音が聞こえてきて、杏寿郎は声を掛ける。
「深月!今いいか?」
「駄目です!!」
即座に大きめの声で返事が返ってきて、しかも却下され、杏寿郎は面食らう。
まるで出会った頃のようだ、と微笑みながら、杏寿郎は障子越しに話し掛ける。
「父上と千寿郎に話してきた!父上には勝手にしろと言われたが、交際を認めないとも言われなかった!」
「そうですか……」
それは、よかったのだろうか、悪かったのだろうか。
深月は一人、部屋の中で思案する。
杏寿郎は言わないが、きっと「深月を鬼殺隊に入れるな」とも言われているはずだ。また条件など出されていないか、深月は少し心配になる。
「杏寿郎さん、その……交際に当たっての条件などは言われませんでした?」
「いや、言われていない!大丈夫だ!」
はっきりとした返答に、深月は胸を撫で下ろす。
もし、「鬼殺隊に入るなら交際を認めない」などと言われていれば、深月も杏寿郎も交際を諦めていたことだろう。
部屋の外の杏寿郎は、深月の様子が気になっていた。
深月が立っている気配はするが、着替え中のような音はしない。会話をしながらも、何故部屋に入れてくれないのだろう、と不思議に思っているのだ。
何かあったのだろうか、と少し心配にもなってきて、杏寿郎は強行手段に出ることにした。
「深月、入るぞ!」
「え!?待って……」
深月の返事も聞かず、障子を開けた杏寿郎は、中に居た彼女の服装を見て、いつも以上に目を見開いた。
深月は支給された隊服を試着していたようで、杏寿郎に対して横向きで、壁際の姿見を見ていた。
しかし、彼女が身に纏っている隊服は、杏寿郎が知っているものと随分違っていた。
上着は上から二つ程釦が存在せず、襟が大きく開かれていた。それに合わせてワイシャツも開かれているので、鎖骨やら胸元やらが見えていた。
下は丈が異常に短かった。おそらく行灯袴のような形状だろうが、深月の脚の付け根ぎりぎり程度の長さしかなかった。
深月は杏寿郎の視線から逃れたくて、咄嗟にしゃがんだ。赤くなった顔を隠すように自分の膝に顔を埋めて、脚を隠すように抱え込む。
しかし、咄嗟にしゃがんだせいで裾が一瞬捲り上がり、深月の臀部が杏寿郎の視界に飛び込んできた。
そういえば昨夜は尻を見たり触ったりしなかったな、とまぐわいを思い出しながら、杏寿郎は部屋に一歩入り、後ろ手で障子を閉める。
昨夜のことを思い出していると深月に知られたらきっと怒られるだろうと思い、雑念を払いつつ、杏寿郎は深月に質問する。
「それはどうしたんだ……?」
「私が聞きたいです!頂いた物がこれだったんです!」
深月も着る前からおかしいとは思っていた。
最終選別の際、深月は隊服の釦を開けてもいいか尋ねた。
首回りに何か触れると、弟が殺された時の光景が浮かび、呼吸がままならなくなる、という心的外傷は消えていなかったからだ。
すると、縫製係だという隠の男性が現れ、それなら丁度いいものがあると渡されたのが、深月が今着ている隊服だ。
深月がそのことを説明すると、杏寿郎は首を傾げた。
釦を一つ開ければ済む話なのに、こんなに肌を露出させる必要があるのだろうか、と。
深月は自分の膝に顔を埋めたまま、杏寿郎に出て行ってほしいとお願いする。
「隊服のことは、カナエさんやしのぶさんに聞きに行きます!とりあえず着替えるので!」
杏寿郎は、無理に部屋に入ったこともあり、大人しく出て行くことにした。
深月の部屋を後にして、廊下を少し進んだところで、杏寿郎は自分の目元を隠すように手で覆った。
深月の鎖骨や胸元が、惜し気もなく晒された太腿が、一瞬見えた臀部が、頭から離れない。それぞれをしっかり記憶してしまった。
もう少し見たい気もしたが、さすがにあんな格好で往来を歩かせるわけにはいかない。他の女性隊士のように、普通の隊服を来てもらいたい、と杏寿郎は溜め息を吐いた。
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