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第一章 三四
深月が最終選別より帰って来てから、十五日程経った。
初めて褥を共にして以降、杏寿郎に抱かれそうになったり抱かれたり……まあ、何回かあったわけだが、深月は基本的に最終選別前と同じように、毎日鍛錬と家事をこなしていた。
台所で千寿郎と昼餉の支度をしながら、日輪刀はそろそろ届く頃だろうか、と深月が考えていると、丁度刀鍛冶の男性が煉󠄁獄家を訪ねてきた。
訪ねて来たと言っても、彼は誰の許可も取らずに煉󠄁獄家に上がり込み、さらには名乗りもせずに深月に突進してきた。途中で槇寿郎や杏寿郎に捕まらなかったのは、運が良かったとしか言いようがない。
「女の剣士はお前か!?」
風鈴を幾つもつけた笠に、ひょっとこのお面。
その風貌だけでも奇怪なのに、ハアハアと息を切らしている。そんな人間に何故かすがり付かれ、深月は悲鳴を上げそうになるのを堪えて、どうにか頷いた。
ちなみに、深月の代わりに千寿郎が大きな悲鳴を上げていたので、程なく杏寿郎が来ることだろう。
深月はなんとか愛想笑いを浮かべ、やんわりと離れてほしいと、男性に伝える。
「あの、昼餉の支度中なので。ご用ならあとで伺いますから……」
「これが、俺が打った刀だ」
その言葉で、深月と千寿郎は、この男性が刀鍛冶だと気付く。
男性は深月から離れてはくれたが、その場で背負っていた風呂敷を広げる。話を聞く気が全く無いようだ。
深月は愛想笑いのまま、つい思ったことをボソッと呟いてしまう。
「いや、邪魔なんですけど」
「なんだと!?」
「ひぃっ!」
桐箱を開けかけていた男性は、都合悪くも深月の言葉をしっかり聞き取り、激昂して彼女に飛び付いた。
その様子に今度は我慢できず、深月は短い悲鳴を上げた。
「飯より日輪刀の方が重要だろう!俺の刀を見ろ!!」
男性に両肩を掴まれ、ぶんぶんと前後に揺らされる深月。
反射的に手が出そうになったが、刀鍛冶の人を突き飛ばすのはあんまりだろうか、と考えてしまい、深月は硬直する。
「いいか、日輪刀の原料はな……」
男性は深月を揺らすのを止め、彼女に顔を近付け、日輪刀の説明を始める。
至近距離で喋り続けるひょっとこに深月は困惑し、千寿郎もどうするべきかおろおろしている。
そこで、板の間の障子が勢いよく開かれた。
「大丈夫か!」
千寿郎の悲鳴を聞いた杏寿郎が、駆け付けたのだ。
深月と千寿郎が杏寿郎の方を見ると、彼の背後に槇寿郎の姿も見えた。千寿郎は結構な悲鳴を上げていたので、槇寿郎も様子を見に来たらしい。
杏寿郎は、深月の両肩を掴んで顔を近付けているひょっとこを見て、額に青筋を浮かべる。
土間に降り立ち、男性を引っ剥がしながら深月を庇うように横から抱き締める。
「何をしている!」
男性を睨み付ける杏寿郎を落ち着かせるように、深月は杏寿郎の胸を軽く押す。
「杏寿郎さん、千寿郎君も私も大丈夫ですよ。吃驚しましたけど。この方は……」
「刀鍛冶の人だろう!それはわかるが、何故深月に迫っているんだと聞いている!」
「違いますよ。日輪刀を見てほしいだけみたいで、迫ってなど……」
「迫っていただろう!」
だめだ、こっちも話を聞かない、と深月は重い溜め息を吐く。
男性はというと、しゃがみこんで桐箱を開け、説明を再開していた。
(何この状況……)
勘違いしている杏寿郎と、我が道を行く刀鍛冶。どちらから対応すればいいのだろうか。
深月は再度、重い重い溜め息を吐いた。
とりあえず、対処しやすい方から片付けてしまおう。
深月は杏寿郎の頬に掌を当て、思いっきり押した。
杏寿郎の首が、無理な方向に曲がる。
「離してください」
「むう」
深月を怒らせるわけにはいかず、杏寿郎は渋々といった
体で彼女を解放した。
恋人の屈強な腕から解放された深月は、男性の前にしゃがみこんで、彼の話を聞く。昼餉の支度は一旦諦めた。
自分より刀鍛冶の男性を優先され、杏寿郎が不満そうな顔をしていたが、深月はそれに気付かない振りをした。
一通り説明した男性は満足したようで、深月に日輪刀を渡し、抜けと命令する。
日輪刀──別名、色変わりの刀。
持ち主によって色が変わるその刀が、何色になるか楽しみにしているらしい。
「炎の呼吸を使うなら赤だろう!赤にしろ!」
いやそんなことを言われても、と深月は男性を見る。
何色に変わるかなど、分かるわけがないし、決めることなどできるわけがない。
深月は男性からの重圧に耐えつつ、片膝をついて日輪刀を鞘から抜いた。
すると、鍔の方から徐々に刀身の色が変わっていき、深月の日輪刀は赤く染まった──だがしかし、杏寿郎の刀のような鮮やかな赤ではなく、時間が経ったような血のような、暗い朱色だった。
朱殷色というのだったか、と深月が考えていると、頭をガッと掴まれた。
深月が頭上の腕を辿って確認すると、掴んだのは刀鍛冶の男性だった。
案の定、その腕は杏寿郎によってすぐ剥がされたが。
男性は立ち上がり、「赤だけどそうじゃねえ!」と地団駄を踏んでいる。
「どうしろって言うのよ……」
深月は日輪刀を鞘に収めて、溜め息を吐く。
自分だってあまり好きな色ではないし、傍目に見ても第一印象は『血の色』だろう。煉󠄁獄家の三人も微妙そうな顔をしている。
でも、これが自分の日輪刀なのだから、有り難く使わせてもらうしかない。
「あの、えっと……あれ?お名前は……」
深月は男性を宥めようとして、彼の名前を聞いていないことに気付く。
男性も漸く名乗っていないことに気付いたようで、「鋼鐵塚だ」と短く名乗る。
名乗った後も癇癪を続ける男性を見て、槇寿郎は馬鹿馬鹿しくなったようで、どこかに行ってしまった。
千寿郎はおろおろしているままだし、杏寿郎は額に青筋を浮かべたまま、また深月に飛び付きやしないかと鋼鐵塚を見張っている。
深月は日輪刀を板の間に置いて、台所の棚から団子を取り出す。後で千寿郎と食べようと思っていた物だ。
「鋼鐵塚さん、ご足労いただきありがとうございました。お団子召し上がりますか」
ちなみに、大の大人に対して団子を勧めた理由は、癇癪を起こす弟妹を宥める際に、主に菓子を与えていたからだ。
意外にも鋼鐵塚は団子に反応した。
「みたらしはあるか?」
「あー……みたらしはありませんけど、あんことか、きな粉とか……」
「クソォ!お前はいちいち、ちょっとずつ違うな!逆に苛つく!!」
「ああ、はいはい。そうですかー。すみませんねぇ」
いい年をして癇癪を続ける鋼鐵塚の相手を真面目にするのが面倒くさくなり、深月は団子を片付けた。
そして、昼餉の支度を再開し、適当に鋼鐵塚の相手をする。
「あ、私は『お前』じゃなくて、雨宮深月です。お昼ご飯は食べて行かれますか?それとも帰りますか?」
それが幼子を相手にする母のようで、杏寿郎と千寿郎は苦笑する。
しばらくして癇癪が治まった鋼鐵塚は昼餉を食べ、さらにはみたらしじゃない団子まで食べて帰って行った。
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