(35/160)
第一章 三五
日輪刀が届いた翌日、早速深月に指令が来た。
町外れの集落で人が消えているらしい。
小さな集落なので、人間が犯人であればすぐ分かるが、住民総出で警戒しても、犯人は見つからないとのこと。
それはさっさと斬ってしまわねば集落が崩壊してしまう、と深月は急いで身仕度をする。
隊服は、結局露出が多いままなので、いろいろ着込まねばならない。
そのせいで、深月は傷隠しの包帯を巻くのを止めてしまった。もし包帯がずれたら、直すのも一苦労だからだ。
まず、靴下を履いて、靴下吊りで留める。下履きも履いて、袖の無い肌着と半襦袢を着る。その後、漸く隊服に袖を通せる。
自分で「この隊服でいい」とは言ったものの、槇寿郎や杏寿郎の隊服が着やすそうで羨ましい、と深月は思いながら日輪刀を腰に差す。
深月は槇寿郎の姿を探し、玄関先で見つけたので声を掛ける。
杏寿郎と千寿郎には、会うと寂しくなりそうだったので、書き置きを残してきた。
「槇寿郎様、指令が来たので任務に行って参ります」
そう言って、玄関に腰掛け履き物を履く深月。
しかし、槇寿郎は深月の姿を見るなり、驚いた顔になって彼女の頭を後ろから思いっきり叩いた。
「そんな格好で往来を歩く気か!」
深月は叩かれた頭を押さえながら立ち上がり、槇寿郎に事情を説明した。
鍛えたおかげで、ちょっと叩かれるくらいは平気になったが、痛いものは痛い。
「文句なら前田さんに言ってください……」
槇寿郎は眉間に皺を寄せて深月の姿を眺める。
確かに、隊服だけ着るよりかは露出が減っているのだろう。
しかし、襦袢の襟からは鎖骨が見えているし、上から見れば胸元も見えそうだ。
靴下を履いていても脚の形はよく分かるし、少し動けば靴下と隊服の裾との隙間から太腿が見える。
年頃の娘をこんな格好で外を歩かせるわけにはいかない。
このまま任務にも行かず鬼殺隊を辞めてくれればいいが、深月がそんなことをするわけがない。
まるで娘を叱るように、槇寿郎は怒鳴り続ける。
「通常の隊服を寄越すまで粘ればよかっただろう!」
「だって、もったいないじゃないですか……あ、下履きも履いてますし、大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なんだ!お前は阿呆か!」
一通り怒鳴った後、槇寿郎は溜め息を吐いた。
この娘は元々商家のお嬢様ではなかったか。何故、こんなに警戒心が緩いのか、と。
槇寿郎は勘違いしているが、深月は根っからのお嬢様ではない。幼少期は貧乏で、野山を駆け回って遊んでいたのだ。
年相応の恥じらいや自分に害を及ぼす相手への敵意はあるが、自分の価値を理解していないので、警戒心はざるもいいところである。
今の自分の服装だって、露出した部分は隠しているのだからと、そんなに問題だとは思っていない。
槇寿郎に怒鳴られ、深月が萎れていると、杏寿郎と千寿郎が通り掛かった。
槇寿郎の怒鳴り声を聞いて、何事かと様子を見にきたらしい。
彼らも深月の服装を見て、硬直してしまう。
硬直が解けた杏寿郎はどこかに走っていき、すぐに何かを持って帰って来た。
「せめてこれを着ていきなさい!」
そう言って、持ってきた予備の羽織を深月に被せる。
深月は大人しくその羽織に袖を通す。
杏寿郎の身長に合わせて仕立ててある羽織は、深月にとっては大きかった。しかしそのお陰で、脚や体型が少し隠れるし、深月が多少動いたところで太腿が垣間見える確率は減る。
それでも着ないよりはましという程度で、杏寿郎だって深月をこんな格好で歩かせたくはない。しかし、深月の鎹烏が指令だなんだと叫んでいるので、彼女は初めての任務に行かねばならないのだろう。
深月はというと、羽織から杏寿郎の匂いがして、どきどきしていた。長い袖から指だけ出して、その指で袖を掴んで口元に持ってくる。
「杏寿郎さん、ありがとうございます。お借りしますね」
杏寿郎の気も知らず、深月はふわりと笑う。
これから危険な任務に出向くとは思えない程、柔らかい笑みだった。
杏寿郎と千寿郎に会えば寂しくなると思っていた深月だったが、二人の顔を見ると、存外元気が湧いてきた。
「では、行って参ります!」
深月がそう言って玄関の戸を開けると、鎹烏が彼女の肩に降り立ち、頬擦りをする。
漸く剣士になれた喜びと、これからもっと強くなってたくさん人を救うのだという目標が、深月の足取りを力強くさせる。
走り去る深月の背中を、煉󠄁獄家の三人は見送った。
千寿郎は、剣士になった彼女に尊敬と憧れを抱いて。
槇寿郎は、彼女が死んだりしないかと心配しながら。
杏寿郎は、彼女と初めて出会った夜のことを思い出しながら。
*****
「大丈夫か?」
少年が駆け寄ってそう尋ねると、少女は眉間に深い皺を寄せて、少年を睨み付けた。
「…………これが、大丈夫に見えるなら、貴方の目は腐ってるようね」
その燃え滾るような意志を宿した瞳に、少年はどうしてか心惹かれたのだった。
第二章へ続く
表紙 目次
main TOP