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第二章  一


鬼殺隊に入って随分経ったが、深月は伸び悩んでいた。

今までは順調どころか早いくらいの勢いで昇進していたが、ある程度階級が上がってからなかなか昇進できなくなり、杏寿郎の階級にも未だに追い付けていない。

杏寿郎は幼少期より剣術を学んでいるし、深月より何年も前から鬼殺隊で活躍しているので当たり前と言えば当たり前だが、深月の目標は杏寿郎なので、本人は悔しい思いをしているのだ。

そして、深月の悔しさは今、倍増している。
問題を起こしてしまい、休暇という名の謹慎処分を与えられているからだ。

隊服や道着に袖を通すことすら許されず、深月は杏寿郎や槇寿郎が仕立ててくれた着物で日々を過ごすこととなった。

そのうち、問題を起こしたことがバレて、槇寿郎と杏寿郎から死ぬほど説教された挙げ句、暇を持て余した深月は、蝶屋敷で手伝いをすることにした。

手伝いをしながらも、どことなく元気がない深月の様子に気付き、しのぶは困ったような顔で声を掛ける。

「また煉󠄁獄さんと喧嘩されたんですか?」
「……はい」

問題を起こして以降、深月はよく杏寿郎と喧嘩するようになっていた。蝶屋敷の手伝いをしているのも、煉󠄁獄家に居れば杏寿郎と何かしら口論になるからだ。

ちなみに、あんまりにも喧嘩しすぎて、二人とも槇寿郎から拳骨を食らったので、口論は槇寿郎が居ないところでのみしている。

その喧嘩の話も、ここ一週間で三回目だ。
しのぶは呆れたように溜め息を吐く。

「問題を起こした理由を話してしまえばいいじゃないですか。そしたら、煉󠄁獄さんだって分かってくださいますよ」
「それは嫌!言いたくない!」
「もう、そんなに意地を張らなくても……」
「いやです!」

子供のように拒否をする深月。
しのぶはまた溜め息を吐いて、こうなった原因を思い出す。

事の起こりは、三ヶ月程前だった。


*****


その日、深月は先輩隊士から告白された。
彼は、何度か任務を共にしただけの、深月にとっては名前を知っている程度の隊士だった。

杏寿郎のこともあり、もちろん深月はその告白を断った。

「申し訳ありません。お慕いしている方がいますので、貴方のお気持ちには応えられません」

そして、その日以降、深月に関する良くない噂が流れ始めた。

雨宮深月は鬼殺隊に相応しくない。
日輪刀は血の色で、それは色変わりしたのではなく、鬼や人間の血で染まっているからだ。
彼女の使う呼吸は炎の呼吸とは呼べない。
彼女の階級は、彼女の実力に見合っていない。

その辺りまでは、深月も我慢できた。

日輪刀の色は実際にほぼ血の色だし、階級と実力に関しては任務を共にすれば誤解は解けた。

呼吸については、深月も少し気にはしていた。
槇寿郎や杏寿郎程の膂力を持ち合わせていない深月では、彼らほど炎の呼吸を使いこなせない。
苦肉の策で、深月は羽織や隊服に暗器を仕込むようになった。
それを投げて鬼の目を潰したり、足の腱を切断したりすれば、隙をついて首を斬りやすくなるからだ。
深月の戦い方が正しい炎の呼吸でないのは、確かである。

その正しくない戦い方とはいえ、女だてらに炎の呼吸を使って、早々と出世したのだ。
嫉妬されているのだろう、日々の心労や重圧の捌け口に自分が選ばれただけだろう、と割り切って、深月は任務に没頭した。

しかし、その後に流れ始めた噂は、看過することができなかった。

雨宮深月は煉󠄁獄家に取り入って、今の階級を得たのではないか。
炎柱の妻は亡くなり、息子は独り身。
地位と金欲しさに体を使っているのではないか。

そんな噂話をしている隊士を見つけた瞬間、深月は彼らを殴り飛ばした。

自分のことはともかく、槇寿郎と杏寿郎を侮辱されたことが我慢ならなかったのだ。

彼らが若い娘の体を欲しているとでも思ったのか。
体と引き換えに、何かを与えるような人間だと思ったのか。
強くて清廉で高潔な彼らが、そんな下衆に見えるのか。

殴り飛ばした隊士を散々詰ると、彼らは泣きながら誰から聞いた噂なのかを教えてくれた。

それからは早かった。

深月は鎹烏に協力を頼み、噂を広めた隊士を全員殴る蹴るしながら、噂の出所を辿った。
三日も経たずに出所は判明し、深月は彼の──以前振った先輩隊士の顔面に膝蹴りをお見舞いした。

「振られた腹いせに煉󠄁獄家の人を侮辱するなんて、それでも男か!そんな腐った性根の奴なんか、一生好きになれるわけがないでしょ!」

鼻血を流しながら先輩隊士は激昂し、深月に襲い掛かってきた。
隊服を剥ごうとしてきたので、深月は全力で抵抗し、相手に全治二ヶ月の大怪我を負わせた。

ちなみに、最初に殴り飛ばした隊士達は全治二週間で、途中で殴蹴るをした隊士達は全治一週間だった。

先輩隊士はあろうことか、自分の悪事は伏せ、怪我を上に報告した。

深月が思わせ振りな態度を取っておきながら、少し触れただけで過剰に反応し攻撃してきた、ということにして。

上の人間もそれを信じることはなかったが、深月がだんまりを決め込んだので、彼女を減刑させることができず、彼女に『大怪我を負わせた先輩隊士の分も任務をこなすこと』と『それが終わったらしばらく休暇を取ること』の二つの命令を下した。

深月は一切弁明せずに、それを受け入れた。
槇寿郎や杏寿郎を侮辱する内容の噂が広まったなんて、本人達や千寿郎に言いたくなかったのだ。

そして、いつもの倍以上の任務をこなし、先輩隊士の復帰と入れ替わりに、深月は休暇を言い渡された。


*****


槇寿郎も杏寿郎も話せばわかる人だろうに、罰を受けてまで深月は彼らに理由を話さない。
彼らのために怒り狂っていたのに、彼らの説教まで受けて、喧嘩までしている。

しのぶは正直、少し馬鹿馬鹿しいと思った。

「おやつ、食べますか?」
「うう……食べます。ありがとうございます……」

しのぶが呆れたように言うと、深月は深々と頭を下げた。





 




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