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第四章  三


「さぁ冨岡さん、深月さん。どいてくださいね」

しのぶは深月達に日輪刀の切っ先を向け、そう言った。

深月は頭に乗っている冨岡の手を払いのけ、少年と鬼の少女を庇うように抱き締める。
咄嗟にそうしてしまって、行動した後にまずいと思った。

(どうしよう、言い逃れできないかも……)

深月は顔を真っ青にする。

しのぶは柱だ。もちろん、杏寿郎とだって面識がある。
鬼を庇ったという深月の行動を、杏寿郎に伝えられたら説教どころじゃ済まない。

深月はゆるゆると少年少女から離れ、真っ青な顔のまま上体を起こし、地面に手を突いて俯く。
少年が心配そうに深月を見上げるが、深月はその視線から逃れるように顔を背けて呟く。

「ごめんね……」

深月に彼らを守る理由はない。鬼の少女は、きっとしのぶに殺されるだろう。

こんな子どもを見捨てるなんて、辛い以外の感情が浮かばなかった。
それでも、これ以上鬼を庇うわけにはいかない。

冨岡はというと、退くこともせず「俺は嫌われていない」と返していた。

それを聞いて、嫌われている自覚がなかったのか、としのぶが憐れむように眉を下げる。

冨岡は黙りこみ、少年は困惑した顔になる。
深月は正直、冨岡が誰に嫌われていようがどうでもよかったが、なんとなく可哀想になってしまった。

しのぶは少年に話し掛ける。

「坊やが庇っているのは鬼ですよ」

どうやら、少年が鬼と知らずに少女を庇っていると思っているらしい。
深月には何も言わないあたり、深月が鬼と分かった上で少女を庇っていたことはバレている。

しかし、少年は違うと叫ぶ。

「妹なんです!俺の妹で!それで!」

少年と鬼の少女は兄妹だった。どういう事情かはわからないが、妹だけが鬼になってしまったらしい。

深月は顔を上げて少年と少女を見る。
妹を庇う兄の姿に、胸が締め付けられるような感じがして、苦しくなった。

鬼に殺された弟妹と姿が被る。
生きていれば、彼らぐらいの年頃になっていただろう。

深月はぎゅっと拳を握り締めた。
彼らを見捨てることなどできない、と。

深月が色々と考えている間にも、しのぶはやはり鬼の少女を殺そうとしていた。

「動けるか」

冨岡が、漸く口を開く。
少年に向かって、「妹を連れて逃げろ」と言う。

少年は妹を抱き上げ、冨岡に礼を言いながら駆けていった。満身創痍という様子だったが、ちゃんと逃げ切れるのだろうか、と心配になり、深月は腰を上げた。

「私が逃がします」
「深月さん、何を仰ってるんです?」

しのぶに笑い掛けられ、深月は悪寒を感じた。
それでも羽織を翻し、足に力を込める。

「ごめんなさい!!」

思いっきり叫んで、深月は少年を追い掛けた。
背中にしのぶの視線が突き刺さり、吐きそうになったのは必死で我慢した。


*****


少年にはすぐに追い付き、彼はいつの間にか小さい子どもが入れそうな大きさの箱を持っていた。

深月が少年に声を掛けようとした瞬間、少年の背中に何かが降ってきた。少年は地面に転がり、妹を離してしまう。

その何かは、鬼殺隊員の少女だった。
少女は鬼の少女に向かって日輪刀を振り上げる。

見覚えのある髪飾りと顔立ちに、深月は叫ぶ。

「止めて!カナヲちゃん!」

日輪刀を鞘ごと抜き、深月は跳躍する。
鍔を親指で押さえるように鞘のきわを持ち、鬼の少女を庇って、少女──カナヲの刀を鞘で弾く。

それと同時に、少年がカナヲの服を掴んで引っ張ったため、カナヲは少年の上に尻餅をつく。

少年は妹に向かって「逃げろ」と叫ぶ。
その際、名前も一緒に叫んでいたため、深月は鬼の少女が禰豆子という名前だと知る。

少年は人間だから今すぐ殺されることはないだろう、と判断し、深月は禰豆子の手を引いて走り出す。

しかし、カナヲはすぐ追い付いてきて、禰豆子に向かって容赦なく刀を振るう。

どういう原理かわからないが、禰豆子は瞬時に子供になり、深月はそれに驚きながらも再度カナヲの刀を鞘で弾く。

深月だって、自分の隊律違反は理解している。
立派な鬼殺の妨害だ。まさかカナヲ相手に日輪刀を抜くわけにはいかない。

禰豆子はとてとてと逃げるばかりで、少しも反撃しない。
先程だって、少年と協力して鬼を倒そうとしていた。

やはり、話も聞かずに殺してしまうのは間違っているような気がして、深月はカナヲの攻撃を防ぎ続ける。

「カナヲちゃん、待って!私のことわかる!?雨宮深月!」

深月が必死に話し掛けても、カナヲは何も答えず、攻撃を続ける。

「蝶屋敷で会ったことあるんだけど!ねえ、話を聞いて!」

やはり、カナヲは何も答えない。

話を聞いてもらえないなら、一旦本気で逃げるしかない。
深月は小さくなった禰豆子を小脇に抱え、カナヲから大きく距離を取る。
このままどこに逃げようか、と考えたところで、鎹烏が大きな声で新たな伝令を告げた。

炭治郎と禰豆子を拘束し、本部へ連れ帰れ、と。

禰豆子は深月が抱えている鬼だ。炭治郎は、恐らく兄の方だろう。

深月が足を止め、それにカナヲが追い付く。
カナヲは伝令を再度聞いてから、深月の腕の中の鬼に尋ねる。

「あなた禰豆子?」

禰豆子は深月の腕から抜け出し、何かを探すようにどこかへ向かう。しかし、逃げるつもりはなさそうだった。

深月とカナヲがそれを追うと、彼女は炭治郎が持っていた箱を見つけ、それに入っていく。

「箱に入るの?そこがいいの?」

カナヲがそう尋ねると、禰豆子は完全に箱に入ってしまう。
深月は丁寧に箱の扉を閉め、安心したように溜め息を吐く。
とりあえず、炭治郎も禰豆子もすぐに殺されることはなさそうだ。

そこで、鎹烏が追加で無慈悲な伝令を告げる。

「雨宮深月モ本部ヘ連レ帰レ!」

これはまずいことになった、と深月は頭を抱えた。





 




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