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第二章  七



※痛い表現注意



先輩隊士は、深月の背後で逃げ惑う隠の集団に突っ込み、その中の一人の腕を掴んで、鬼の気配がする方へ投げ飛ばした。

まさかそんなことをするとは思っていなかったので、深月の反応は一瞬遅れたが、それでも弾かれたように飛んでいく隠を追い掛ける。

まだ土埃は晴れていない。鬼の姿も能力もわからない。死角から攻撃されるかもしれない。

そんなところに突っ込むのは自殺行為だったが、隠を見捨てるという選択肢は、深月の中に無かった。

「雨宮さん……!」

難を逃れた隠達が、口々に深月を呼ぶ。
彼らの目には、土埃しか見えない。中で何が起こっているかわからない。

やがて土埃が晴れ、隠達は真っ青な顔でそちらを見つめる。

まず見えたのは、首が無い鬼の体だった。
体はそんなに大きくないが、極太の腕に、鋭い爪。その腕で殴られたら、その爪で切り裂かれたら、生身の人間など人溜まりもないだろう。

しかし鬼の体は徐々に崩れていき、深月が首を斬ったのだと、隠は歓声を上げる。
先輩隊士は、悔しそうに舌打ちをする。

土埃がさらに晴れた瞬間、歓声は悲鳴に変わった。

隠は無事だったが、彼の側で深月が地面に倒れていたのだ。彼女の体を中心に、赤い水溜まりが広がっていく。

深月に助けられた隠は泣きながら彼女の傷を確認し、離れたところから見守っていた隠達は深月に駆け寄ってそれを手伝った。

深月の傷は、背中から脇腹にかけての切創と、左腕の骨折だった。
切創は深く、内蔵が傷付いているかもしれない。
左腕は折れたところから骨が飛び出していて、どちらの傷も出血が激しい。
さらには、鬼の爪には毒があったようで、切創がところどころ緑色に泡立っている。

「俺を庇って……女の子なのに!」

助けられた隠はぼろぼろと涙を流しながら、他の隠達と一緒に深月の手当てをする。



深月は土埃に飛び込んだ後、まずは地面に転がった隠を抱えてその場を離れようとした。
その時、土埃で見えなかった鬼の拳が飛んできた。深月は咄嗟に隠を自分の後ろに庇って、それを左腕で防いだ。その際に腕が折れ、骨が飛び出した。

とんでもない激痛に耐えながら、深月は右腕のみで日輪刀を構えた。

そのまま鬼の首を斬ったものの、鬼が最後に放った苦し紛れの攻撃が、隠に向かった。
鬼の体が崩れるよりも、攻撃が当たる方が早いと悟った深月は、隠を庇うように抱き締めた。
片腕では日輪刀を満足に振るえないので、もし攻撃を上手く防げなかったら、隠にも攻撃が当たるかもしれなかったからだ。

そして、毒を持つ鬼の爪が深月の背中から脇腹にかけてを引き裂いた。

腕からは温かい血が、脇腹や背中からは血に加えて緑色の毒が、どんどん流れ出ていった。
体に力が入らなくなり、深月は隠の横を滑るように倒れ込んだ。



「雨宮さん!呼吸で止血してください!」

隠の一人が必死に叫ぶ。

深月もそうしようとはしていた。
全集中の常中はできるが、止血するには傷が深すぎた。

激痛と大量出血により、今にも意識を失いそうで、止血をするどころではない。

「とりあえず止血だ!押さえろ押さえろ!」
「このまま縫った方がいいんじゃないか!?」
「それより毒を抜かないと!」

隠達はほとんど錯乱状態で、深月の命を繋ごうと、懸命に手当てを続ける。

そんな彼らの背後に、嫌な影が差した。

その影──先輩隊士は、隠達を押し退け、深月の髪を掴んで持ち上げる。

深月はぴくりとも動かず、先輩隊士は嬉しそうに顔を歪める。

「離してください!」

隠の一人が先輩隊士の腕にすがり付く。
先輩隊士は、それを無慈悲にも殴り飛ばした。

そして、深月に向かって吐き捨てるように言う。

「俺に恥をかかせるからだ!ざまあみろ!」

隠達は、鬼でも見ているかのような顔で先輩隊士を見つめる。

あろうことか仲間である隠を危険に曝し、それを助けた深月に対して、この人は何を言っているのだろう。

彼の言う恥と深月や隠の命は、天秤に掛けられるものなのだろうか。

そこで先輩隊士が深月の顔を殴り始め、深月が呻き声を上げると、隠達は意を決して、それぞれ先輩隊士に飛び掛かった。

先輩隊士は一瞬驚いたものの、次々と彼らを投げ払っていく。

その光景が視界に入り、深月は力を振り絞って、先輩隊士の腕を掴んだ。
止血もせず、先輩隊士の腕を粉砕せんと力を込める。

「みんなに……酷いこと、しないで……!」

息も絶え絶えそう言って、遂には先輩隊士の腕を砕いた。
先輩隊士は叫び声を上げながら、深月や隠達から後退っていく。

解放された深月は、再び地面に伏す。

先輩隊士はそのまま数歩後退ると、何かにぶつかった。
背後には何もなかったはずだ、と振り返り、息を呑む。

燃えているような色の髪に、炎を思わせる意匠の羽織。

「え、炎柱……」

先輩隊士は、顔を真っ青にする。

背後に居たのは、煉󠄁獄槇寿郎だった。

煉󠄁獄家の弟子である深月どころか、煉󠄁獄家そのものを貶める噂を流したことがある彼は、恐怖に震える。

「貴様、何をしている?」

槇寿郎がそう問い掛けただけで、先輩隊士はその場にへたり込み、息もままならなくなる。

「何をしていると聞いているんだ」
「ひいっ!俺、いや私は……何も……」
「ふざけたことを抜かすな!」

槇寿郎が怒鳴り付けると、先輩隊士は泣きながらその場に蹲った。

ぼそぼそと深月への恨み言を溢していたが、槇寿郎はそれを無視して深月の側へと歩いていった。

彼女を抱き上げ、怪我をしている部分の隊服を裂く。
そして、飛び出ている左腕の骨を無理矢理戻す。

その痛みに深月の息は詰まり、歯を食い縛って涙を流す。

「人の腕を砕く余裕があるなら止血しろ。莫迦者」

そう言って、手近な隠に「毒を抜いてから傷を縫え」と指示する。

隠は慌てて道具を持ってきて、ある程度毒を抜き、深月の傷を止血のために縫っていく。

麻酔も無いこの状況では、傷が痛いのか熱いのかも区別がつかず、動けないはずの深月は暴れだす。
それを槇寿郎が無理矢理押さえつけ、深月は離してほしくてその隊服を握り締める。

止血が終わる頃には、深月は槇寿郎の隊服を握り締めたまま、意識を失っていた。





 




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