表紙 目次
しおりを挟むしおり一覧  



(43/160)  


第二章  八


──時は少し遡る。



重傷の深月の髪を掴んでいる隊士。
彼に向かって行き、次々に投げ飛ばされる仲間。

それらを遠くから見ていた隠は、鎹烏を飛ばそうとした。

誰でもいい。彼らより階級が上の、近くにいる隊士を呼んでくれ、と。

鎹烏は飛び立とうとしたが、何故かすぐに地面へ降り立った。

「どうしたんだ!早く誰か呼んできてくれ!雨宮さんが……仲間が……」

隠は絶望し、鎹烏に懇願する。
いつもきちんと仕事をこなすのに、どうして今に限って飛んでくれないのか。怪我をしているわけでもない。疲れている様子もない。

なぜ、どうして、と隠が慌てていると、鎹烏は明後日の方向に体を向けた。

何かを見ている様子の鎹烏。
その視線を辿ると、そこには現在の炎柱が居た。

普段なら恐れ多くて顔を見ることも叶わない相手だったが、隠は炎柱に乞い願う。

「煉󠄁獄様!雨宮さんを助けてください!」

槇寿郎は返事もせず、深月と暴れる隊士の方へ歩いていく。

その隊士は深月を──重傷を負った女性隊士を無理矢理持ち上げ、それを止めようとした隠を投げ飛ばしている。
深月の顔が腫れているのは、おそらく彼が殴ったせいだろう。

鬼殺隊どころか、人としてもどうかと思う所業だった。

かつての槇寿郎も、深月を鬼殺隊に入れないためにきつく当たり、殴り飛ばしたことがある。結局、深月は剣士になってしまったが。
この隊士を見ていると、そんな自分の行動を思い出して、嫌気が差した。

槇寿郎は隊士を後ろから殴って止めようとしたが、その前に深月が彼の腕を砕いた。

呼吸による止血もままならない様子なのに、他人の腕を破壊する余裕はあるのか。

隊士が叫び声をあげ、後退ってくる。
そして、自分にぶつかり、振り返って、勝手に息を呑んだ。

「貴様、何をしている?」

槇寿郎は隊士に問い掛けた。

その声に不快感ではなく怒りが込められていることに、槇寿郎本人は気付いていなかった。


*****


止血の途中で意識を失った深月は、それでも槇寿郎の隊服を掴んで離さなかった。

隠がどんなに頑張っても彼女の指を離すことはできず、槇寿郎は溜め息を吐いた。

「このまま蝶屋敷へ連れていく。あいつは拘束しておけ」

槇寿郎は深月を抱き上げ、まだ蹲って深月への恨み言を吐き続ける隊士を顎で示す。

このまま処罰を与えてもよかったが、自分だってかつて深月に酷いことをしているので、そんな資格は無いと思った。
それに、きっと事情を知れば長男が怒り狂うだろうから、放っておいてもこの隊士はいずれ辛い目に遭う。

そして何より、深月の治療を優先したいと思ったのだ。

隠達はわあわあと叫びながら隊士に向かい、必要以上の縄で彼をふんじばった。

槇寿郎は事後処理を隠に任せ、蝶屋敷へと走る。

息子二人が気に入っているこの娘を、こんなところで死なせるわけにはいかない。

道中、腕の中の深月がもぞもぞと動き、意識が戻ったのかと彼女を見る。
深月は虚ろな目で槇寿郎を見上げ、こう呟いた。

「おとう、さん……?」

きっと意識が朦朧として、亡くなった父親に抱かれている夢でも見ているのだろう。
槇寿郎は特に否定することなく、走り続ける。

そのうち、深月はまた目を閉じた。


*****


血塗れの槇寿郎が帰宅したところ、千寿郎は大層驚いていた。

柱である父が大怪我をするなど、余程強い鬼に遭遇したのだと思ったからだ。

しかし杏寿郎は、すぐにその血が槇寿郎のものではないと気付いたので、そこまで驚きはしなかった。

槇寿郎の隊服に染み込んでいる血は、その夥しい量からして致命傷を負ったときのものだ。
自分の足で歩き、酒に手を出そうとしている父が、そこまで出血しているわけがない。

返り血だろうか、と杏寿郎は考える。
まあ、返り血だとしても、父がそこまで浴びるとは思えなかった。

「娘の血だ。蝶屋敷に預けてきた」

槇寿郎が簡潔すぎるほど簡潔に伝えると、杏寿郎と千寿郎はきょとんとした。

槇寿郎は省略しすぎたか、と説明を加える。

「深月が大怪我をした。これはあいつの血だ」

そこで、丁度深月の鎹烏が飛んできて、杏寿郎や千寿郎の目の前に降り立つ。

「深月ハ嵌メラレタ!意識不明!蝶屋敷ニテ治療中!」

槇寿郎と鎹烏の言葉に、千寿郎は膝を折ってその場にへたり込み、杏寿郎は無言で家を出ていった。

杏寿郎も任務帰りだろうに、と槇寿郎は少し呆れる。
詳細も聞かずに出ていってしまった上の息子は、余程深月のことが大切らしい。

槇寿郎は、顔を真っ青にして震えている下の息子を見る。
説明は隠にさせるとして、千寿郎はその内容に耐えられるのか、と思った。

「必要な物を持ってこいと言われている。お前が持っていけ」

そう言って、槇寿郎は蝶屋敷で渡された覚書を千寿郎に渡した。
これを口実に、見舞いに行かせてやろうと思ってのことだった。






 




  表紙 目次

main  TOP