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第二章  九


蝶屋敷に到着した杏寿郎は、まず待ち惚けを食らった。

深月の治療はまだ終わっておらず、蝶屋敷の少女達はしのぶの帰りを待って慌ただしく右往左往している。

ある程度の治療はアオイや隠でもできるが、最終的にはしのぶの毒抜きが必要だと説明された。

杏寿郎は、できることは何もない、と心中で自分の無力さを責める。

しのぶは報せを受けていたのか、すぐに帰って来て、杏寿郎には目もくれずに診察室へ向かった。

千寿郎が深月のための荷物を持って蝶屋敷に到着する頃、深月の治療は終わったらしく、アオイが煉󠄁獄兄弟の元へやって来た。

「深月さん、今は落ち着いています。お顔を見ますか?」

あまりお勧めは出来ませんが、と悔しそうに眉を下げたアオイが告げる。

それでも、杏寿郎と千寿郎は深月に会うことを選んだ。
アオイの案内で、深月の病室に向かう。

そこは個室だった。
深月が女性だからというわけではなく、重傷だからという理由だった。

杏寿郎と千寿郎は、恐る恐る病室に入る。

寝台の上で、深月は少しも動かず眠っていた。
左腕には治療用装具、右腕には点滴。
顔にもガーゼが貼られていて、その顔の血色の悪さは異常だった。

アオイは、煉󠄁獄兄弟に深月の容態を説明した。

いつ目が覚めるかわからない、と。

「背中から脇腹にかけても、鬼の爪による深い傷があります。鬼の爪には毒が……」

説明の途中で、千寿郎は泣き出してしまった。
深月の側に歩み寄り、彼女の右手をそっと握る。

アオイは深月を辛そうに見つめながら、説明を続ける。

「その毒は、傷周辺の組織を破壊するものでした。そのせいで、余計傷が深くなり……腕も骨が飛び出ていたらしいので、きっとものすごい痛みで、深月さんは止血どころじゃなかったと思います」

だから、出血がより多くなり、深月の血色は悪いのだ。

杏寿郎が礼を言うと、アオイは頭を下げて病室を後にする。

彼女と入れ替わりに、隠が何人か入ってくる。
その中の一人は、病室に入るなり跪き、床に額を押し付けて叫ぶように謝罪する。

「申し訳ございません!俺のせいで、雨宮さんが……!」

杏寿郎は隠を見下ろす。
こいつのせいか、と一瞬怒りに呑まれそうになったが、冷静になって事情を聞く。

隠はゆるゆると顔を上げ、涙を流しながら、昨夜のことを話し始める。
彼の服は血塗れだった。おそらく、深月の血なのだろう。

ある隊士が鬼と共にやってきたこと。
その隊士が自分を鬼に向かって投げ、それを助けたせいで深月が大怪我を負ったこと。
土埃のせいで、深月はまともに戦えなかったこと。

その後、隊士が人とは思えない行動を取ったこと。

動揺しているのだろう。隠の話は要領を得なかったが、それでも状況を理解すると、杏寿郎は額に青筋を立てる。

「それは君のせいではない!深月は責務を全うしただけだ!」

杏寿郎は隠に笑顔を向けるが、抑えきれない怒気が溢れ、それは自分達に向けられたものではないのに、隠達は恐怖に震える。

「その隊士の話を聞かせてもらえるか!」

杏寿郎がそう尋ねると、また別の隠が説明を始める。
彼は、事情を全て知っていた。

その隊士が、深月に告白して振られたことから、悪い噂を流したことまで、余すことなく杏寿郎に伝える。

その隠は、たまたま深月が先輩隊士に怪我を負わせた場面に遭遇していた。そのため、深月を問い質し、事情を全て聞いていた。

「雨宮さんは、誰にも言わないでって……煉󠄁獄家の人に、広まった噂が伝わらないようにしてくれって……でも、もう、あの隊士が許せなくて……」

隠は頭巾の下で唇を噛み締める。
こんなことになるなら、全部上に話してしまって、あの隊士にひどい罰を受けさせればよかった。

自分達を対等に扱い、友達のように接してくれる女性隊士は、本来であればこんな怪我を負うほど弱くはない。
あの隊士のせいで、自分のせいで、生死の境をさ迷う羽目になったのだ、と必要以上に自分を責める。

杏寿郎は拳を握り締め、やはり隠の誰も悪くない、と考える。

「深月の意思を尊重してくれたのだな!ありがとう!」

どうにか怒りを抑え、深月の代わりに礼を言う。

そして、寝台まで歩いていき、千寿郎の肩と深月の頬に手を添える。

千寿郎は深月の手を握ったまま、兄が手を添えている深月の顔を見る。
まるで死んでいるようなその顔色が、とても怖かった。目を離すと、深月の息が止まりそうな気がして、じっとその顔を見つめる。

杏寿郎は深月の頬を何度か撫で、名残惜しそうに手を離すと、また隠達に向き直る。

「その隊士の居場所はわかるだろうか?」

そう言った杏寿郎の顔からは、笑顔が消え去っていた。





 




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