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第一章  五


「昨日も、お見舞いに来た方と喧嘩したんですって?」

カナエは、寝台で不貞腐れている深月に笑いかける。

「彼はね、貴女のことを思って言っているのよ」
「私のことを思って、カナエさんもしのぶさんも、私に何も教えてくれないんですよね」
「あらあら。拗ねちゃったのねえ」

花のように笑うカナエに、深月はますます不貞腐れる。
それを見て、カナエは少し考えるような素振りをしてから、口を開いた。

「彼から『蝶屋敷で面倒を見てあげられないか』って言われたの」
「えっ……?」
「深月さんのことを、蝶屋敷で面倒を見てほしいって。それなら、危険な任務に行くこともないし、何かしていれば気が紛れるだろうからって言ってたわ」

どうする?、と尋ねるカナエ。
深月は少し考えた後、ゆるゆると首を横に振った。

「私は、剣士になりたいんです」

胡蝶姉妹や杏寿郎が何を思ってくれていたかはわかったし、提案の内容も納得した。
それでも、深月は鬼を殺したいと思った。
それ以外に生きる糧は思い付かないし、鬼狩りの最中に命を落とせば家族の元へ行ける。

「わかりました。身の振り方が決まるまでは、うちにいていいからね」
「……はい」

カナエは終始、優しい表情のままだった。


*****


三度目の見舞い以降、杏寿郎が来なくなってから、一週間が経った。
さすがに愛想が尽きたのだろう、と深月はぼんやり考える。もともと、深月は杏寿郎に悪態ばかり吐いていたし、最後は一方的に怒鳴り付けた。来なくなって当然だ。

深月は杏寿郎が来なくなってから、散歩するようになっていた。
胡蝶姉妹から「あまり屋敷から離れないように」と言われているので、散歩と言っても屋敷の周囲の道をぐるぐると歩き回るだけだが、それでも寝台の上に居るよりましだと思ったのだ。
少しでも体力をつけないと、鬼狩りを教わるどころか、蝶屋敷から離れることもできない。

剣の教えを乞うことについて三人から断られたが、深月はまだ諦めていなかった。
蝶屋敷には、他の隊士が出入りしている。彼らの中の誰かから、育手を紹介してもらうという方法がある。
ただ、出入りしている隊士のほとんどは怪我人だ。そんな彼らに声を掛けるのは気が引けるし、カナエやしのぶに叱られるだろう。

深月はどうやって剣士になろうかと、頭をひねる。あまりいい考えが浮かばないまま、一刻程うろついてしまった。そろそろ戻らねば、カナエやしのぶだけでなく、蝶屋敷を手伝っている少女達にまで心配を掛けてしまう。

深月が踵を返そうとしたところ、彼女の肩に誰かの手が乗せられた。深月が声を上げる前に、肩を引かれて彼女の体は半回転する。

「探したぞ!」

肩を引いたのは、杏寿郎だった。いつものように笑顔だったが、額に少し汗をかいていた。

「蝶屋敷の周囲にしか行かないと聞いていたのだが」

杏寿郎の言葉に、何のことかと深月は周囲を確認し、少し青ざめた。

蝶屋敷の周りをぐるぐると歩き回っているだけのつもりが、見覚えのない場所に来ていたのだ。
こんなところまで来た記憶はない。考え事をしているうちに、曲がる方向でも間違えたのだろうか。

「何事も無くてよかった!」

杏寿郎の心底安心したような顔を見て、深月は心臓がきゅっと締まるように感じた。
額に汗をかいてまで、自分のことを探してくれたのだろうか、と考える。

「さあ、戻ろう!」

そう言って、深月を抱えようとする杏寿郎。
深月はそれを全力で拒否した。

「何してるんですか!?」
「病み上がりでこの距離を戻るのは辛いだろうと思って!」
「自分で歩けます!」
「では、せめて手を引こう!」
「結構です!」

差し出された手を避け、深月は歩き出す。

「逆方向だぞ!こっちだ!」
「うっ……」

方向違いを指摘され、深月が言葉に詰まっているうちに、杏寿郎は彼女の手を取って歩き始めた。深月が歩きやすいように、できるだけゆっくりと。

「任務が長引いてしまって、一週間も開いてしまった!元気にしていたか!」
「元気じゃなかったら、こんなところをほっつき歩いてませんけど!」

深月は手を振りほどこうと努力するが、杏寿郎の力が強くて振りほどけない。
観念して努力を止めた頃、深月は杏寿郎の手の感触に気付いた。
分厚く、硬い。まめが潰れた後もたくさんある。こんな手の人間を、深月は今まで知らなかった。
きっと、毎日刀を振り、鍛錬を重ねてきたのだろう。それでも、鬼に立ち向かって、必ず勝てるとは思えなかった。
あの夜、深月を助けてくれて、杏寿郎は躊躇いなく声を掛けてくれ、「遅れてすまない」とまで言ってくれた。
深月は、命を賭けて戦っていた杏寿郎達に悪態を吐いたというのに。

「ごめんなさい」

深月の口から、自然と謝罪の言葉が漏れた。

「この前……ううん、初めから、酷いことばかり言ってごめんなさい。貴方達は、私を助けてくれたのに」
「気にしていない!」

先を歩いていた杏寿郎が立ち止まり、勢いよく振り返った。深月もそれに驚いて足を止める。

「君は……雨宮は、あの夜に死にたがっていただろう?それでも、今日まで生きていてくれたので、大丈夫だ!」

一体何が大丈夫なのだろうか。相変わらずずれている杏寿郎の言動に、今の深月は不思議と苛つかなかった。

「雨宮。鬼殺の剣士になりたいなら、君のことは煉󠄁獄家で面倒を見よう!父から許しもいただいた!」
「えっ……?」
「その代わり、俺の言うことは守ってくれ!あと、俺には弟がいる!是非可愛がってやってくれ!」
「え、あの……いいの?」

深月は困惑する。
一週間前は、育手の紹介すら断られたのに、どういう心境の変化だろうか。そんな人間には見えなかったが、嘘でも言って、からかおうとしているのだろうか。

「ああ、良い!どこかで危険を冒されるより、目の届く範囲で強くなってもらった方が安心できるしな!」

太陽のように笑う杏寿郎。
とても嘘を言っているようには見えなかった。

「ありがとう」
「うむ!これから共に、鍛錬に励もう!深月!」

杏寿郎は再び歩き出し、深月もそれに着いていった。






 




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