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第一章 六
あの夜、鬼の首を斬ったのは、杏寿郎だった。
首が灰となって消える前に、鬼は「稀血を食ったのに」と悔しそうに呟いていた。
鬼は、人を食った分だけ強くなる。
鬼にとって稀血の人間は、一人で五十人……否、百人分の価値がある。
庭に倒れている少女は、杏寿郎と同じ年頃だろうか。
胸から上が無い亡骸を抱えていた。きっと、その亡骸が稀血の持ち主だったのだろう。
その亡骸を食べたにしては、弱い鬼だった。まるで、何かに大きく体力を削られてしまったかのように。
杏寿郎は、少女の手に握られている鉈を見つける。それには、大量の新しい血液が付いていた。鬼の血だろうか。
では、鬼が弱かったのは、この少女が何かしたからなのか。
いや、そんなことより、少女は顔を上げている。生きているのだ。
杏寿郎は考えるのを止めて、少女に駆け寄った。
「大丈夫か?」
少女は、眉間に深い皺を寄せて、杏寿郎を睨み付けた。
*****
深月は、煉󠄁獄家の世話になることをカナエとしのぶに伝えた。
今までの態度が嘘かのように、礼儀正しく頭を下げる。
「今までお世話になりました。数々の非礼を御詫び申し上げます。助けていただき、有難う御座いました」
その様に、カナエは嬉しそうに微笑んで、しのぶは怪訝な顔をして尋ねる。
「何か悪い物でも食べたんですか?」
深月は顔を上げる。その顔は、決して明るいとは言えなかったが、今すぐ死にたがっているようにも見えなかった。
しのぶは小さなため息を吐き、微笑んだ。その顔は、姉そっくりだ。
「よかったですね」
「ありがとうございます」
深月が微笑むことはなかった。
カナエは軽く手を叩く。
「じゃあ、出発前にお祝いしましょう!」
「いえ、祝っていただくことでは……」
「でも、嫁ぐんでしょう?」
「え?誰がですか?」
深月とカナエは見つめあったまま固まる。どうにも、会話が成立していないようだ。
しのぶは横から確認を入れる。
「煉󠄁獄家のご長男に嫁ぐことにしたんですよね?」
「いや、その……だから、誰がですか?」
深月は、しのぶの方を見て、首を傾げる。
カナエとしのぶは、不思議そうに深月を指差した。
自分が指差されている意味を考える深月。
煉󠄁獄家のご長男とは、杏寿郎のことだろうか。彼に誰か嫁ぐのだろうか。それと自分が指差されていることに、何か関係があるのだろうか。
だめ押しで、カナエが尋ねる。
「深月さん、煉󠄁獄家に嫁ぐんじゃないの?」
「え!?」
深月は、目を見開く。自分が煉󠄁獄家に嫁ぐとはどういうことか。何かが、間違って伝わっている。
誤解を解こうとしたとき、運悪く杏寿郎が入ってきた。
「深月!迎えに来たぞ!」
「あら。この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます!」
勘違いしたまま祝うカナエに、何も理解していないままお礼を言う杏寿郎。
「違います!!!!」
深月は人生で一番大きな声──杏寿郎を怒鳴り付けた時より大きな声で、それはもう全力で否定した。
*****
別れ際、カナエとしのぶは勘違いを詫びていた。
鬼殺隊を目指すことには反対されたが、杏寿郎が「自分がきちんと面倒を見ますので!」と言うと、渋々といった体ではあるが、見送ってくれた。
煉󠄁獄家に到着すると、深月は思わず門を見上げた。門構えから立派である。
深月の家もそこそこの商家だったが、煉󠄁獄家はそれとは違う、荘厳さを感じられる造りだった。
「どうした?先ずは父上に挨拶をしに行こう!」
杏寿郎は、門を見上げたまま固まっている深月を中へ促す。
とりあえず、近くの部屋に荷物を置き、杏寿郎の案内で彼の父の部屋に向かう。
彼の父は、現在の炎柱とのことで、深月は緊張する。
ある部屋の前で杏寿郎が足を止め、膝をつく。
それに合わせて、深月も静かに膝をついた。
「父上!失礼します!」
杏寿郎が障子を開け、中に入る。深月はとにかく杏寿郎に着いていく。
部屋の真ん中には布団が敷いてあり、その上で男性があぐらをかいていた。彼の手には、酒と書かれた瓶が握られている。
彼こそが現在の炎柱──煉󠄁獄槇寿郎である。
杏寿郎は、父に向かって軽く頭を下げる。
「先日お話した、鬼殺の剣士になりたいという少女を連れて参りました……深月」
促され、深月は深々と頭を下げる。
「雨宮深月と申します。本日より、お世話になります。よろしくお願いいたします」
「本当に連れてきたのか」
どこか、怒っているような声だった。
深月は下げた頭を上げることができず、その場で固まってしまう。
「才能が無いやつを連れてきても無駄だ。杏寿郎、俺が許可したのは、お前の嫁にするなら構わんという条件だっただろう」
「父上!恐れながら、嫁にするかどうかはある程度鍛えてから決めてよいと仰ったかと!」
父子の会話を聞き、深月は胡蝶姉妹の勘違いについて納得する。この条件の一部を事前に聞いていたのだろう。だから、深月が杏寿郎に嫁ぐなどと言っていたのだ。
しかし、深月はその条件を知らない。聞いていなかった。なんとなく、杏寿郎に裏切られたような気分になり、深月は唇を噛み締める。
「とにかく、修行は認めん。雑用でもしていろ」
「しかし、父上!」
「いいか!俺が良いと言うまで、その娘には雑用だけやらせろ!修行などしたら、すぐに叩き出すからな!」
槇寿郎は冷たく吐き捨て、二人に出ていくよう言った。
杏寿郎はしばらく父に意見していたが、それが通ることはなかった。
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