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第二章 十二
眉を下げ、丸まった布団をぽんぽん叩く杏寿郎。
布団の中には、顔を真っ赤にして震える深月が居る。
杏寿郎が無理矢理唇を奪ったせいで、臍を曲げてしまったのだ。
「深月、すまなかった……出てきてくれ」
「嫌です!杏寿郎さんの助平!」
「むう」
情けないことに、否定ができない。
杏寿郎は布団を叩くのを止め、寝台横の椅子に座る。
しのぶに刺激の強いことはするなと言われたのに、しのぶとなほが病室を出た直後に、杏寿郎は深月に口付けた。
深月が目覚める直前の接吻を除けば、しばらくぶりだったので、接吻というよりもはや食べるような口吸いをしてしまい、我に返った時には深月が涙目で睨んできていた。
怒った深月は布団を頭から被ってしまい、現在に至る。
「君が嫌がることはしないから、出ておいで」
杏寿郎は、子供に言うような優しい声音で囁く。
深月はしばらく悩んだ後、もぞもぞと布団から目元だけを出す。
「ほんとに?もうしない?」
その仕草も、聞き方も、不安そうに下げられた眉も、全てが子供のようで可愛らしく、杏寿郎は何かを試されているのだろうか、と硬直する。
しかし、すぐに笑顔になって「ああ」と頷いた。
「じゃあ、許してあげます」
深月は布団から顔を出し、くすっと笑った。
何も、口吸い自体が嫌だったわけではない。
病み上がりと蝶屋敷という、時と場所が問題だっただけだ。
まあ、ちょっとやりすぎだったので、苦しかったことにも機嫌を損ねたが。
「あの、本気で嫌だったわけではないので……帰ったら、ね?」
そう言って、恥ずかしそうに上目遣いで杏寿郎を見上げる深月。
この子はわざとやっているのだろうか、と杏寿郎は片手で目元を覆った。
*****
深月が目覚めたとの報せは、すぐに煉󠄁獄家や隠にも伝わり、昼過ぎには何人もの人がお見舞いに来ていた。
それでも、杏寿郎は深月の側を離れようとしなかった。
寝台の上で横になっている深月を見て、千寿郎が心配そうに尋ねる。
「深月さん、大丈夫ですか?どこか痛くありませんか?」
深月が何も答えずに手招きすると、千寿郎は首を傾げながらも寝台の側に寄ってきた。深月は彼の手をぎゅっと握る。
「大丈夫だよ。千寿郎君、たくさんお見舞いに来てくれたんだってね。ありがとう」
深月が笑い掛けると、千寿郎も嬉しそうに笑った。
そして次に、深月は隠達に向かって口を開く。
「皆さんも、ありがとうございます。ご無事でよかったです」
今、この場に居るのは、あの日に居た隠全員ではないが、元気な姿を見て安心する。
深月も、隠達は全員無事だと聞いていた。しかし、怪我はしていただろうし、実際に見るまで安心できなかったのだ。
隠達は、口々に深月への礼を言う。
「こちらこそ、ありがとうございます」
「かっこよかったです!」
「やはり、煉󠄁獄さんの教え方がいいんでしょうね!」
しかし、杏寿郎は首を振った。
「深月が強いのは、深月の努力の賜物だ!」
その言葉が嬉しくて恥ずかしくて、深月は頬を赤く染めながらも、顔をほころばせた。
そこで、深月は隠の一人がなんだか暗い表情をしていることに気付く。
記憶違いでなければ、彼は深月が命懸けで守った相手だ。
どうしたのだろう、とそのまま見つめていると、隠はおずおずと深月の目を見る。
それは、今にも泣きそうな目だった。
「すみません、雨宮さん……俺を助けたせいで、傷が残ったって……すみません!」
震える声でそう言い、隠は頭を下げた。
彼は、ずっと自責の念に駆られていた。
自分が上手く逃げられなかったせいで、深月に怪我をさせてしまった。
先輩隊士を止められなかった。
気が動転していて、手当てをまともにできた自信もない、と。
深月は一瞬きょとんとして、困ったような笑みを浮かべた。
「そんなに悲しい顔をしないで」
そう言いながら深月は体を起こし、それを千寿郎がそっと支える。
深月は千寿郎に礼を言ってから、隠に向き直る。
そして、凛とした声で続ける。
「私は、貴方を助けたことを後悔していません。もちろん、傷が残ったことも。貴方が死ななくてよかった」
小さく息を吸い、柔らかい笑みを浮かべる。
「せっかく助かったんだから、どうか笑って生きてください」
深月がそう言うと、隠は顔を上げ、嬉しそうに目を細める。そこから涙が一粒こぼれた。
*****
目覚めてから数日後。
深月の左腕の治療用装具は外された。
久々の解放感に、深月は腕を結構な勢いで振る。
それを見たアオイはキリッと眉を上げて、その腕を止めた。
「深月さん!痛みがなくても、まだ安静にしていてください!」
「ごめんなさい」
何歳も年下の少女に叱られ、深月は素直に謝る。
しのぶもアオイも基本的には優しいが、もともとしっかり者ということもあり、ここ数日間、年上の深月を度々叱っている。
それは、深月が病室を抜け出し、稽古をしようとしたり、蝶屋敷の少女達を手伝おうとしたりと、自分の傷に無頓着だからだ。
確かに、全集中の常中により、回復力も上がっている。しのぶの痛み止めを飲めば、苦痛はほとんどない。
しかし、怪我はまだ完治していないのだ。
アオイは呆れたように溜め息を吐く。
「その様子では、怪我が完治しても煉󠄁獄家に帰らせることができません。大人しくしていてください」
それを『大人しくしていれば帰れる』と解釈し、深月は「はーい」と嬉しそうに返事をした。
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