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第二章 十三
深月はしのぶやアオイの言い付け通りに大人しく過ごし、晴れて煉󠄁獄家へ帰る日取りが決まった。
傷はある程度治り、少しは動いてもよいとしのぶに言われた。
しかし、稽古や戦闘のような激しい動きは痛みが伴うし怪我に障るので、任務にはまだ復帰せず休養を続けるようにも言われている。
任務にも行けないのであれば、ただの穀潰しになるだけかもしれない、と深月は複雑な気分で、家に帰る日を待っていた。
そして、その日はいよいよ明日に迫っていた。
*****
「何かあったら、遠慮なく言ってくださいね!俺達が飛んでいきますから!」
そう力強く言って、お見舞いに来ていた隠達が病室を出て行くのを、深月は寝台の上に腰掛け、礼を言いつつ笑顔で見送った。
あの日助けた隠も、数日前はすっかり落ち込んでいたが、今はすっかり元気になっていて、深月は胸を撫で下ろす。
彼らを助けたのは自分の意思だ。
怪我をしたのは、自分が未熟だったから。
彼らの誰一人、心を曇らせてほしくなかった。
元気になった彼らの申し出は有り難く、まだ本調子ではないので何かあれば本当に彼らを頼ろう、と深月は考える。
煉󠄁獄家に帰った後も、しのぶの許しが出るまで稽古すらさせてもらえない。家事もあまり長く続けると、恐らくしのぶに怒られる。
かと言って、千寿郎に任せっぱなしというのも気が引ける。
だったら、いろんな人の手を借りながら、自分ができる範囲のことを頑張ろう、と深月は胸の前で拳を握る。
隠達に手伝ってもらう分は、元気になったらまた何かしらの形で恩を返せばいい。
彼らもきっと、快く応じてくれるだろう。
そのように、深月が今後のことをいろいろ考えていると、杏寿郎が病室に入ってきた。
深月は寝台の上に正座し直し、軽く頭を下げる。
「任務、お疲れ様です」
「む!やはり、任務帰りだと分かるか?」
今回はあまり汚れなかったのだが、と杏寿郎は自分の隊服を見下ろす。
一見、杏寿郎は自宅で休んできたかのようだったが、よく見ればかすり傷が増えているし、羽織の裾と袴がほんの少しだけ汚れていた。
「杏寿郎さんのことはずっと見てきたので、さすがにわかります」
そう言って、深月はくすくす笑う。
そうか、と気まずそうに笑ってから、杏寿郎は寝台に浅く腰掛ける。
少し体を捻れば、正座している深月と向かい合わせのようになって、目が合う。
「明日、千寿郎と一緒に迎えに来る」
「はい、ありがとうございます」
深月は杏寿郎に近寄り、その肩に顔を埋めるようにして凭れかかる。
杏寿郎のにおい以外に、少し汗と泥のにおいがして、任務をこなしてすぐ来てくれたことがわかる。
そのままくんくんとにおいを嗅げば、驚いた杏寿郎が深月の肩を掴んで押し返す。
「止めなさい!臭うのは嫌だろう!」
「全部杏寿郎さんのにおいなので、嫌じゃないですよ?」
深月が不思議そうに首を傾げる。
杏寿郎の汗のにおいも、外で任務をこなした証拠の泥のにおいも、嫌いではない。ずっと嗅いでいられる。
きょとんとした顔で見上げてくる深月を見て、杏寿郎は照れたように頬を染める。
側に座ったのは自分だが、においを嗅がれるのは気恥ずかしい。
湯浴みをしていないので汗臭いだろうと思ったのだが、深月は気にしていないと来た。
こちらの気を知らない深月の物言いは、杏寿郎にとって甘い毒だ。
とりあえず離れようと思い、立ち上がろうとする杏寿郎。
深月は彼の手を掴んで、それを引き留める。そして、そのまま指を絡め、手を繋ぐ。
目覚めた直後に口吸いされたときは怒ってしまったが、ここ最近深月も杏寿郎が足りていないと自覚し、つい甘えたくなってしまった。
「杏寿郎さん」
熱の篭った瞳で見つめられ、同じく熱の篭った声で呼ばれる。繋がれた手も熱い気がする。
杏寿郎は少し眉をしかめて、口を開く。
「以前、
蝶屋敷では嫌だと臍を曲げたのは君だろう。明日まで待てないのか?」
「そうですけど、でも……」
深月は空いている手を口元にやり、目を泳がせる。
口付けてほしいと考えるなどはしたないだろうか、と悩んではいるが、明日まで待つのも寂しかった。
その様子を見て、杏寿郎は嬉しくなり、自然と頬が緩んだ。
深月からの申し出というのは、滅多にないことだ。
「誘ったのは深月だからな」
そう言って、杏寿郎が握られている手に力を込め、空いている腕を深月の腰に回すと、深月は杏寿郎の瞳をじっと見つめてから目を閉じた。
それを最後の合図と判断し、杏寿郎は深月の体を引き寄せ、優しく口付ける。
すぐに唇を離して目を開ければ、物足りないと言いたげな深月の顔が見えた。
頬を上気させ、口を少し開き、熱い吐息を漏らす深月。
その様子に、杏寿郎の興奮は高まっていく。
繋いでいる手を離し、そちらも腰に回してから、強く抱き寄せる。
再度口付ければ、今度は唇を離す前に深月が杏寿郎の首にすがり付くように両腕を回してきて、舌も杏寿郎の口内に侵入させてきた。
いつも受け身な彼女の舌は、杏寿郎の舌を探して、彼の口内をゆっくりと動き回る。
それが嬉しいながらももどかしくなった杏寿郎は、深月の舌を強く吸う。口内に侵入してきているので、とても吸いやすかった。
深月は急な刺激にびくびくと震え、もっと欲しいと言わんばかりに、杏寿郎の首に回している腕に力を込め、彼の顔を引き寄せる。
そんなに甘えてくるなら、是非とも期待に応えてやろう、と杏寿郎は深月を押し倒した。
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