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第三章 二
鋼鐵塚は帰り、縁側には杏寿郎と深月が残され、深月は杏寿郎から軽い説教を受けていた。
「大体、君は淑女としての恥じらいが欠けているんだ」
そんなことを言われても、と深月は小さく溜め息を吐いた。
淑女だなんだと言うくらいなら、そもそも女が剣を振るうような仕事をしている時点で駄目だろう。
もう何年も鬼殺隊で剣士として働いているのに、今さら淑やかさや上品さを求められても困る。
そういうことを考えていたら、顔に出てしまったようで、杏寿郎は言葉を切って深月をじっと見つめる。
その視線に耐えられず、深月は顔を背ける。
「深月。何か言いたいことがあるようだな」
「……いいえ。何も」
顔を背けたまま答える深月。
本当に思ったことを言ったら、説教が長引くだけだとわかっているので、何も言えなかった。
杏寿郎は少し眉をひそめる。
この程度の嘘を見抜けないほど、彼は鈍くない。
「不満そうだが?」
「気のせいですよ」
「だったら、こっちを見たらどうなんだ」
「怒られるから嫌です」
「やはり不満なんじゃないか」
杏寿郎は呆れたような顔をして、深月の肩を引き寄せた。
顔を背けているとはいえ、杏寿郎と密着して、説教中だというのに深月は頬を赤らめる。
杏寿郎は深月の髪に口付けてから、彼女の耳に顔を寄せ、わざと吐息をかけながら話す。
「鋼鐵塚殿は、刀鍛冶だが男性だ。肌を見せるのはよくない。俺が言っていることはわかるか?」
「わ、わかりますけど、でも……肌じゃなくて小刀を見せてただけですし……」
「ふむ。口答えか」
深月の肩を抱いていた杏寿郎の手が、彼女の体の側面を滑り、太腿に到達する。そして、スカートや靴下の上から、そこを優しく撫でる。
深月は肩を大きく跳ねさせ、杏寿郎の手首を掴む。
縁側とはいえ、外でなんてことをするんだ、と。
しかし、杏寿郎の手は止まらないどころかスカートの中に入り、靴下と下履きの境目の露出している部分を指先でなぞる。
「君の隊服姿は素敵だが、如何せん露出が多すぎる。少し自覚が足りないんじゃないか?」
「自覚って、なんの……?」
太腿をなぞる指がくすぐったくて、耳にかかる吐息が熱くて、背中にぞわぞわとした感覚が走り、深月は顔を真っ赤にして目を伏せる。
一応、杏寿郎の手首を掴んで抵抗は続けているが、力比べでは敵わない。
杏寿郎は追い討ちをかけるように、深月の耳に唇をくっつけ、耳朶を少し食みながら喋る。
「君が魅力的な女性だ、という自覚だ」
「みっ……!?」
そんなにはっきり言葉にされると、恥ずかしくて堪らない。
深月は伏せていた目を見開き、杏寿郎から少しでも離れるように首を傾ける。
そのおかげで彼の唇が耳から離れ、深月は少し安心する。
安心ついでに、仕返しとしてちょっとからかってやろうと思った。
「やきもちですか?可愛いですねぇ」
少し離れたまま振り向いてへらっと笑うと、杏寿郎の手がぴたっと止まる。どうやら図星だったらしい。
しかし、彼の目がすっと鋭く細められ、深月は一瞬で後悔した。
「ああ、そうだな。深月が誰彼構わずその愛らしい笑顔を振り撒くものだから、嫉妬せずにはいられない」
今一度君が誰の恋人かわからせる必要があるな、と囁いて、杏寿郎は手の動きを再開させる。
さらに、空いている手を深月の胸に這わす。隊服の上からだったが、深月は大袈裟に反応した。
胸を触ってくる杏寿郎の手首を片手で掴み、もう片方の手で彼の胸をぐいぐい押す。
「や、やめてください……」
「いやだ」
杏寿郎はきっぱりと拒否し、深月に顔を近付ける。
迫ってくる恋人の顔。太腿と胸を触る手。
今は昼間で、縁側で、外で、晴れてて、明るくて。
いつ、槇寿郎や千寿郎が通るかわからない。
「だ……だめっ!!」
そこまで考えて、深月は咄嗟に杏寿郎の顔を平手で叩いた。
バチン、とかなり痛々しい音が庭に響いた。
*****
「お前ら、喧嘩でもしたのか?」
槇寿郎は、ほんの少し同情を含んだ目で、長男の顔を見る。
「いいえ」
「いえ、喧嘩はしておりません」
深月は朗らかに笑い、杏寿郎もいつもの笑顔で否定する。
そう言われると、それ以上追求はできなかった。
まあ、追求するほど興味があったわけでもないので、槇寿郎は「そうか」とだけ返す。
「私、今日は少し遠方の任務なので、もう出発しますね」
そう言って、深月だけがこの場から居なくなる。
槇寿郎はちらりと息子の顔を、特に頬を見る。
そこには、真っ赤な手形がついていた。
大きさからして女性のものだ。というか、杏寿郎を平手で打つのは深月くらいだろう。
自分の息子はあの娘に一体何をしたのだろう、と槇寿郎は興味がないなりに不思議に思った。
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