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第三章  三


杏寿郎は未だに深月への求婚について悩んでいた。

いつも思ったことはそのまま口に出し、すぐに結論を求めたがる彼だが、深月のこととなると、長く悩む場合が多い。

そんなある日、剣士になりたいという娘を一人任された。

「よろしくお願いします!」

彼女は甘露寺蜜璃。杏寿郎や深月の一つ年下で、可愛らしい顔立ちをしているが、髪色が桜餅色と少々奇抜だった。

しかし、容姿と剣は関係ないので、杏寿郎はさして気にしなかった。そもそも髪色のことを言うなら、煉獄家の男児は皆変わった色だ。

とりあえず、彼女を鍛えるとなれば、煉獄家に出入りさせることになる。
槇寿郎や深月、千寿郎に紹介しておかねばならない。

杏寿郎は蜜璃を連れて、自宅に向かった。


*****


まず槇寿郎に紹介したが、彼は蜜璃について何も言わなかった。
深月の時はあんなに反対されたのに、と杏寿郎は数年前のことを思い出す。

それにしても、槇寿郎はここ最近、酒の量が異常に増えた。毎日のように、というより、もはや四六時中酒瓶を持っているように見える。
深く追求はしていないが、任務時にも酒を持ち込んでいる様子だ。

杏寿郎は、少しだけ頭を悩ませる。
深月は槇寿郎のことも大切にしてくれているが、飲んだくれの父の世話をするとなると、さらに結婚を嫌がるのではないだろうか、と。

求婚に踏み切れない理由に父を入れるのは良くないし、深月がそんなことで槇寿郎を嫌がるわけがないと分かっている。
それでも、悪い考えばかりが浮かんでしまって、自然と眉間に皺が寄る。

「あ、あのう……?」

杏寿郎の表情を見た蜜璃がどうしたのか、と遠慮がちに声を掛けてきて、杏寿郎はいつもの笑顔を浮かべる。

「すまん、甘露寺!次は千寿郎と深月を探そう!」

気を取り直して、庭に向かえば、千寿郎が居た。

千寿郎は快く蜜璃を迎え、礼儀正しく頭を下げた。
その後、深月の所在を尋ねられ、千寿郎は思い出すように視線を斜め上に向けた。

「確か、今日は用事があると言われてました。昔の知り合いに呼ばれたとかで。昼過ぎには帰ると仰ってましたよ」

そう言って、千寿郎は笑うが、杏寿郎は首を傾げた。

自分はそんな話聞いていない。昔の知り合いとは誰のことだろうか。そして、もうとっくに昼過ぎだが、深月は家に居ない。

また何かに巻き込まれてはいないか、と杏寿郎が心配し始めた時、家の中から足音が聞こえてきた。

少し待てば、廊下の奥から深月が小走りでやってきた。

彼女はよそ行きの格好をしていた。
杏寿郎に仕立ててもらった着物の中でも、一番良い物を着て、髪飾りを着け、紅を差していた。

その姿を、杏寿郎は疑問に思った。
そこまでめかしこんで、一体どこに行っていたのだろう、と。

「ただいま!お話が長引いちゃって。お腹空いたでしょう……って、あれ?」

深月はそう言いながら庭に降り立とうとして、足を止めた。
今の時間は庭に居るであろう千寿郎に声を掛けたつもりだったのに、杏寿郎と見知らぬ娘までいる。

「お客様でしたか!失礼いたしました!」

深月はすぐに縁側に正座し、床に手をついて深々と頭を下げる。

下げてから、いろいろと考えてしまい、頭を上げられなくなった。

杏寿郎が、年頃の娘を連れている。
髪色こそ奇抜だが、そんなものは煉獄家で見慣れている。
問題は、彼女が可愛らしいという点だった。
あんなに可憐な娘を連れてきたということは、もしかして、縁談話だろうか。
杏寿郎は煉獄家の長男だ。いずれ家長として、跡継ぎを作らねばならない立場だ。
いつまでも自分に構っている場合ではないだろう、と考えてしまい、深月はなんだか泣きそうになる。

しかし、その考えは、次の杏寿郎の言葉で払拭された。

「深月、おかえり!早速だが、新しく弟子を取ることになった!」

弟子。その単語に、深月は安心して顔を上げる。

「弟子、ですか」
「甘露寺蜜璃と申します!」

蜜璃は深月に向かって、勢いよくお辞儀をする。
その一生懸命な姿が可愛くて、深月は思わず微笑む。

そんな深月を見て、蜜璃は頬を赤く染める。

(かわいいわ、素敵だわ。良い着物を着ているし、女中さんじゃないわよね?妹さんかしら。だったら、私と同い年か年下よね)

そんなことを思って、蜜璃は深月の側により、彼女の手を取り、勇気を出してこう言った。

「あの、深月ちゃんって呼んでいいかしら!」

一瞬、呆気に取られる深月。しかし、すぐに笑顔になり、返事をする。

「いいですよ。蜜璃ちゃん」

蜜璃はぱっと明るい笑顔を浮かべる。
勇気を出してよかった、と思っていたら、杏寿郎が気まずそうに口を開いた。

「甘露寺。深月は君より年上で、君の姉弟子にあたる隊士だ」
「えっ、年上!?隊士!?すみません、てっきり妹さんかと……!」

蜜璃は思わず深月の手を離し、驚きと恥ずかしさから顔を真っ赤にして、汗を流し始める。
深月はくすっと笑って、彼女に手拭いを差し出した。

「雨宮深月と申します。残念ながら、煉獄家の人間ではありません」

でも、と深月は続ける。

「敬語じゃなくても、どんな呼び方でも、私は気にしないわ。同年代の女の子と知り合う機会なんてなかったから、嬉しいな」

蜜璃は優しい深月の笑顔に見惚れてしまう。せっかく手拭いを受け取ったのに、汗を拭く手が自然と止まる。

杏寿郎は、少し思案する。
後輩、年下、妹弟子。そんな蜜璃が深月に敬語を使わず、砕けた態度で接するなど、他の隊士に示しがつかない、と。
しかし、嬉しそうな深月を見ていると、横から口を出す気はなくなった。

「深月がそう言うなら、俺は気にするまい!」

杏寿郎の許可も出て、蜜璃は改めて深月の手を取り握る。

「じゃ、じゃあ、深月ちゃんで!私も嬉しいわ!」
「ありがとう。よろしくね」

新しくできた妹弟子の手を、深月は優しく握り返した。





 




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