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第三章  六


杏寿郎と深月の喧嘩は割とすぐ収束し、二人は何事もなかったかのように台所に戻った。

それを見て、千寿郎と蜜璃が安心したように笑うので、深月はつい二人を抱き締めた。

「ごめんね!」

深月に抱き締められた二人は、顔を真っ赤にしながら照れていて、杏寿郎はそれを微笑ましく思うと同時に、芽生えそうになった嫉妬心を胸の奥深くに仕舞いこんだ。

しばらくして、深月の腕から解放された蜜璃は、なんだか嬉しそうに杏寿郎と深月に尋ねる。

「あの、お二人はお付き合いをされてるんですか?」
「えっと……」
「ああ、そうだ!」

突然の問いに固まる深月。
別に隠すことではないが、改めて聞かれるとなんだか恥ずかしい。

一方、杏寿郎はすぐに肯定し、深月の肩を抱く。
その返答と行動に、蜜璃は両の頬を手で覆い、黄色い悲鳴を上げた。

「きゃー!素敵ですね!羨ましいです!」

しかし、すぐに表情を曇らせて俯く。

「だったら、私余計なことを言っちゃいましたね。『お見合い』なんて……」
「そんなことないよ。お見合いに行ったのは本当だし」

深月は杏寿郎の腕から抜け出し、蜜璃の側に寄る。

蜜璃はきっと、自分が余計なことを言ったせいで二人を困らせたかもしれない、と思っている。
それは申し訳なさすぎて、深月は蜜璃の頭を優しく撫でる。

黙って見合いに行ったのは本当で、あわよくば隠し通そうとした自分が悪いのだ、と蜜璃に説明する。

「俺が感情的になったのも悪いな!」

杏寿郎も明るい笑顔を浮かべ、蜜璃に気にしないように言う。
二人に慰められ、蜜璃は顔を上げる。

そこで、千寿郎が何の気なしにこう言った。

「兄上と深月さんは、時々喧嘩されてますしね」

事実ではあるが、杏寿郎と深月は言葉に詰まる。

その様子を見て、蜜璃は思わず笑ってしまった。
彼女の底抜けに明るい笑顔は、周囲の人間を癒すものだった。


*****


蜜璃が杏寿郎に弟子入りしてから数ヶ月。
深月は、彼女に感心していた。

女性でありながら、その膂力は杏寿郎に匹敵する。
すぐにお腹が空いて力がでなくなるようだったが、体力もある。
それでいて、女性ならではの体の柔らかさで、文字通り柔軟に動ける。

才能があるのだろう、と思った。自分と違って。

まだ炎の呼吸を上手く使えないようだったが、きっと彼女はあっという間に剣士になって、あっという間に昇級するのだろう。

しかも、性格は明るく優しく、料理も上手でハイカラなものも作れる。
髪色が奇抜なのも『桜餅を食べ過ぎたから』という可愛らしい理由だった。

そんな可愛くて素敵な蜜璃が、一体なぜ鬼殺の剣士になろうとしているのか、深月にはわからなかった。

わからなかったから、ある日、本人に直接尋ねてみた。

「添い遂げる殿方を見つけるためなの!」

蜜璃の言葉に、深月は愕然とした。

聞けば、蜜璃の親兄弟は健在で、煉󠄁獄家のような鬼狩りの一族でもなければ、鬼に恨みがあるわけでもないとのこと。
明るい性格からして、なんとなく察しはついていたが。

深月はとりあえず、「そうなんだあ……」と相槌を打つだけで精一杯だった。

蜜璃の言っていることはわかるが、理解が及ばず深月は困惑する。

(理由は人それぞれよね。それぞれだけど……そんな理由で命を賭けれるものなの?)

今まで培ってきた常識が足元から崩れ落ちていくような気がして、それでもなんとか形だけでも笑顔を浮かべる深月。

蜜璃の話は続く。

「やっぱり自分よりも強い人がいいと思うの!守って欲しいもの!深月ちゃんはわかってくれる?」

恥ずかしそうに頬を赤らめながら笑う蜜璃。
つられて深月もふわっと微笑む。

「ちょっとわかるわ。でも、私は守ってあげたい」
「そうなの?」

きょとんとする蜜璃が可愛くて、深月の笑みは深くなる。

「杏寿郎さんは、私なんかが守れるほど弱くないんだけどね」

深月は少し目を伏せ、大好きな彼の笑顔を思い出す。

強くて、優しくて、一番愛しい人。
責務を全うすべく努力を重ねる彼の笑顔が、外では真顔に見えると気付いたのは、いつだっただろうか。

特に任務時、彼は貼り付けたような笑顔を浮かべる。
焦点が合っているようで、合っていない。その顔に気付いたときは、なんだか怖くなった。
彼が無理をしているようで、いつか壊れてしまわないか、と。

ふと、蜜璃が悲しそうな顔になり、深月の手を握る。

「深月ちゃんは、師範に守られてるだけじゃだめなの?幸せじゃないの?」

蜜璃にそのつもりはなかったが、責めるような言葉に、深月はどきりとする。

確かに、あんなに素敵な人に守ってもらって、満足じゃないなんて、贅沢だろうか。

でも、それでも──

「私は、剣士としての杏寿郎さんに憧れたの。杏寿郎さんを好きになる前に、彼みたいになりたいなって思ったの」

そのためには、守られているだけではだめだ。
それに、彼を守れるくらい強くなれば、もう大切な人を失う恐怖が減って、安心できる。

「そっかあ。私とは違うのね。格好いいわ!」
「ありがとう。私は、蜜璃ちゃんの考え方も可愛くて好きだよ」
「本当?嬉しい!」

ぱっと明るい笑顔を浮かべ、蜜璃は深月に抱き着いた。

深月はそれを受け止めながら、先程蜜璃が浮かべた悲しい顔が妙に心に引っ掛かるのを感じていた。





 




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