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第三章 十
蜜璃に深月の様子を見に行かせ、杏寿郎は湯殿の前の廊下で待っていた。
蜜璃には、何かあったら呼ぶようにと言い付けてあるし、女性同士だからそんなに気を使うこともないだろう、と特に心配はしていなかった。
しかし、中から蜜璃の焦った声が聞こえ、杏寿郎は反射的に湯殿に入った。
「どうした!?」
叫ぶように尋ねながら戸を開ければ、蜜璃はあわあわと深月の体を隠すように抱き締める。
「見ちゃだめです!」
おそらく、深月の傷跡や裸であることを気遣っているのだろう。
杏寿郎と深月が恋仲だという関係は知っていても、どこまでの関係か蜜璃は知らない。
杏寿郎は脱衣所から新しい手拭いを何枚か取り、遠慮なく彼女たちに近付く。
ずんずん近付いてくる杏寿郎を見て、蜜璃は思わず深月を抱き締める腕に力を込めた。
「そんなに強く抱き締めたら、深月が折れてしまう!」
杏寿郎はいつもの笑顔で言い、蜜璃の腕から深月を奪い取り、脱衣所まで運んで行く。
彼の眼前に深月の裸体や傷跡が曝され、蜜璃は杏寿郎を追いながら、真っ赤になって泣きそうになる。
「あの、深月ちゃんの、その……」
事情を知らない蜜璃は、傷跡によって杏寿郎が深月を嫌いにならないよう、なんとか弁明しようと口を動かす。
そんな彼女に手拭いを渡した後、杏寿郎は別の手拭いで深月の体を拭いていく。
「この子の怪我のことなら知っている!甘露寺が心配するようなことにはならない!それより、手伝ってくれ!」
その言葉に、蜜璃はぱっと顔を明るくさせ、深月の体を拭き始める。
きめ細かく白い柔肌に、同性とはいえ蜜璃はどきどきする。
傷跡に差し掛かると、そこは他と違って固く、でこぼこしているものもあった。
これでは、まともな縁談は受けられないだろう。結婚願望が強い蜜璃としては、自分のことのように悲しくなった。
しかし、深月には杏寿郎が居るので、その考えは頭の外に追い払う。
そして、なんとなく杏寿郎の様子をちらっと確認する。
傷跡が問題ないのであれば、好きな人の裸体など平常心で見れないのではないだろうか、と。
しかし、杏寿郎はどこに焦点が合っているかわからない目で、深月の体をせっせと拭いていた。
それを、深月の身体をはっきり見ないように気遣っているのだ、と前向きに解釈する蜜璃。
だが、実際は少し違った。
焦点をずらしているのは本当だが、それは蜜璃の前で深月に欲情するわけにはいかないからだ。
気絶している深月の身体を不躾に見るのは憚られるというのも間違ってはいないが。
粗方拭き終えると、杏寿郎は蜜璃が持ってきていた寝間着を深月に着せる。
その途中、深月の太腿に血が付着していることに気付く。
先程、体を拭いたときには付いていなかった。怪我をしているのだろうか、と杏寿郎は深月の脚に手を伸ばす。
それを、同じく血に気付いた蜜璃が、慌てて制止する。
「あとは私に任せてください!」
「ん?うむ、そうだな!任せた!」
杏寿郎は一瞬首を傾げていたが、やはり女性同士がいいだろう、と湯殿を出て行く。
戸が閉まってから、蜜璃はきょろきょろと脱衣所を見回す。
深月の太腿に付着している血は、おそらく経血だ。
昨日から眠そうだったのも、異常に疲れているのも、きっと月経のせいなのだろう。
湯船に沈みかけていたのは、貧血かもしれない。
蜜璃は脱ぎ散らかされた深月の隊服の端に、生理用品を見つけ、それを取る。
これを先に装着しないと、寝間着を着せられない。
恥ずかしいし、深月にとっても屈辱的だろうが、仕方がないことだ。あとで謝ればいい、と自分に言い聞かせる蜜璃。
そこで、深月がうっすらと目を開けた。
「あれ?蜜璃ちゃん……?」
「深月ちゃん!目が覚めたのね!」
深月は小さく唸りながら、ゆっくりとふらつく体を起こす。
彼女が倒れないよう、蜜璃はそれを支える。
深月は頭を片手で押さえ、何もないところを見つめる。
何があったのか、ここはどこなのかすらわかってない様子だったが、蜜璃は説明するよりも先に服を着るよう提案した。
それから、手に持っていた生理用品を差し出す。
「あと、ごめんなさい。これを。代わりは持ってきてないの」
差し出された物に、深月は一瞬驚いていたが、申し訳なさそうに笑い、それを受け取る。
一言謝ってから、自分が流している血に気付き、なんとか立ち上がって処理をしてから、身なりを整える。
整えながら、心配そうに眉を下げながらも着替えを手伝ってくれる蜜璃を横目で見る。彼女の道着は濡れていた。
体を洗って、湯船に入ったことまでは覚えている。
しかし、そこから先の記憶がない。
おそらく、蜜璃が引き上げてくれたのだろう、と深月は考える。
身なりを整え終え、深月は蜜璃に向かって頭を下げた。
「ごめんね。私のせいで濡れちゃって。ご迷惑お掛けしました」
蜜璃は顔を耳まで真っ赤にし、胸の前であわあわと両手を振る。ついでに首も振る。
「えっ!?ううん!全然いいのよ!深月ちゃん、その、体調が悪いんじゃ……?」
「あー、そっか。そうかも」
蜜璃に言われて、深月は漸く自分の不調を理解する。
このふらつきも眠気も、体調が優れないからか。
任務中は全く気付かなかった。むしろ、甘えだと思って躍起になっていた。
しかし、不調を理解した途端、目が回ってきた。
倒れそうになる深月を、蜜璃はしっかり受け止めた。
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