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第三章 十一
蜜璃に支えてもらいながら湯殿を出ると杏寿郎が居て、彼の服が濡れていることに深月は首を傾げる。
理由を聞けば、杏寿郎も蜜璃と一緒に自分の体を拭いたとのことで、深月は叫び出したくなったのをなんとか堪えた。
杏寿郎に悪気はない。心配してくれただけだ。
そもそも、湯殿なんかで倒れた自分が悪いのだ。
必死に言い聞かせて、どうにか杏寿郎と蜜璃に礼を言う。
杏寿郎は優しく微笑んで、深月の頭を撫でてから、蜜璃に深月を部屋まで送るよう頼む。
そして、「すぐ戻る」とだけ言って、どこかへ行ってしまう。
姉弟子のことを任された蜜璃は、気合いを入れて深月を抱き抱える。濡れた道着が深月に触れないよう、腕の力だけで。
同性に持ち上げられ、深月は困惑したが、蜜璃の膂力を考えれば簡単なことだと気付き、大人しく運ばれることにした。
*****
深月の部屋に到着すると、蜜璃は布団を敷き、深月をそこに寝かせた。
深月は蜜璃の道着が濡れたままなことが気になり、彼女の袖を引いて声を掛ける。
「蜜璃ちゃん。箪笥に着替えがあるから、私の道着でよければ使って」
「いいの?ありがとう!」
蜜璃は明るい笑顔を浮かべ、箪笥から道着を一着取り出す。
手際よく着替え、脱いだ道着は持ち帰って洗濯しようと綺麗に畳む。
それを見て、深月は風呂敷もある旨を蜜璃に伝える。
本当は取り出して手渡したかったが、体が怠くてあまり動けそうになかった。
呼吸でこの怠さを飛ばせないか試してみると、少しはましになったが、まだ元気というには程遠い。
空腹のせいだろうか、と深月は考える。
蜜璃が道着を風呂敷で包み終えると同時に、千寿郎が食事を持ってきた。
千寿郎は、玄関で深月を発見した時の様子から、彼女の体調が優れないのではないかと察していた。
しかし、空腹のようだったので、米だけ少し緩めに炊いて、おかずは軽いものから量のあるものまで何品か用意した。
「お好きなものだけでも召し上がってください。残しても大丈夫ですから」
そう言って、千寿郎は深月の布団の横にお膳を二つ並べる。
深月は蜜璃に支えてもらいながら起き上がり、お膳を見て表情を明るくする。
体調は優れないが食欲はあるので、早速手を合わせて箸をつける。
「美味しい。ありがとう、千寿郎君」
深月が微笑んで、千寿郎の頭を撫でると、彼は嬉しそうにはにかんだ。
*****
少し時間は掛かったが、千寿郎が作った食事を深月は全て平らげた。
彼女も杏寿郎や蜜璃ほどではないが、人より食べる方である。
それでも、体調が優れないのにたくさん食べる深月を、千寿郎も蜜璃も心配していたが、食事を終える頃に深月の顔色が幾分か良くなっていて安心する。
そこで、そういえば、と蜜璃が口を開く。
「師範はどこに行ったのかしら?」
てっきり、千寿郎を呼びに行っただけだと思っていたのに、一向に姿を見せない。
稽古も途中だし、任務に行くにはまだ早すぎる。
千寿郎はその疑問に答える。
「買い物に出掛けられましたよ。でも何を買われるかまでは聞いてません」
あの状況で急に買い物とは、一体何を買いに行ったのだろう、と三人は首を傾げる。
しばらく考えていると、廊下から足音が聞こえてきた。
その足音は深月の部屋の前で止まり、そっと障子が開かれる。
「深月」
足音も障子を開いたのも杏寿郎だった。
彼は、片手に大きめの包みを持ち、部屋に入ってくる。
深月を任せた蜜璃と、食事を用意してくれた千寿郎に礼を言ってから、深月の側に寄って包みを開く。
包みの中には、団子や饅頭、金平糖など、甘いお菓子が入っていて、深月だけでなく蜜璃も目を輝かせる。
「杏寿郎さん、これ……どうされたんですか?」
「買ってきた!千寿郎も甘露寺も食べるといい!」
深月の問いに、杏寿郎は元気よく答えるが、そういう意味じゃない、と深月は心の中で溜め息を吐く。
どうしてお菓子を買ってきたのか尋ねたのに。
しかし、尋ねたものの、なんとなく察しはついていて、深月は嬉しそうに目を細める。
きっと、深月を元気付けるために買ってきたのだ。
もし食事が難しければ、甘いものだけでも食べさせようとも考えたのだろう。
そう思うと、食事でお腹いっぱいだったはずの深月の腹は、小さく音を立てる。
それに釣られるように、蜜璃の腹からも大きな音が聞こえてきて、四人とも破願する。
「ありがとうございます。いただきます。蜜璃ちゃんも千寿郎君も、一緒に食べよう」
深月はそう言って、包みから団子を一つ取る。
蜜璃も千寿郎もお菓子を取ったのを確認してから、深月はその団子を杏寿郎に差し出した。
「杏寿郎さんも。みんなで食べましょう」
杏寿郎は団子を受け取って、優しく微笑む。
それを横から見ていた蜜璃は、杏寿郎の瞳があまりにも深月を愛おしそうに見つめるものだから、なんだか恥ずかしくなって思わず赤面する。
千寿郎は慣れているので、いつものように兄と深月の幸せを願った。
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