(70/160)
第三章 十三
深月の体調は二日で回復し、三日目の夜には任務に復帰することになった。
杏寿郎はひどく心配していたが、深月は復帰すると言って聞かなかった。
もう随分前になるが、問題を起こして謹慎処分を受け、その後大怪我をして休んだ。
その上、また長く休むなど、深月には耐えられなかった。
鬼殺隊の剣士として、一体でも多く鬼を斬り、一人でも多く弱き人を救わねばならない。
そう説明し、杏寿郎をなんとか納得させた。
任務に復帰してからも特に問題はなく、月のものも無事に終わり、以前と同じ日々に戻っていたある日。
いつもは明るい蜜璃が、おずおずと深月に声を掛けてきた。
「深月ちゃんに聞きたいことがあるの」
躊躇いがちな申し出に、深月は気を悪くすることもなく、笑顔で応じた。
丁度、深月もそろそろ蜜璃と話したいと思っていたところだった。
以前、お喋りの途中で蜜璃が見せた悲しい顔について、まだ何も聞けていない。
その上、元気がない様子を見れば、姉弟子としても年上としても心配になった。
その日の稽古は終わりのようだったので、深月は蜜璃を部屋に招いて、茶を淹れる。
台所の戸棚から饅頭も持ってきて、蜜璃に差し出す。
「これ美味しくてお気に入りなの」
「ありがとう」
礼は言うが、饅頭を見つめたまま手を付けない蜜璃。
食べることも甘いものも好きな彼女にしては珍しい。というか、様子がおかしい。
深月は心配になり、蜜璃の隣に移動する。
膝の上で少し震えている彼女の手を両手で包んで、安心させるように微笑む。
「蜜璃ちゃん。何かあったの?ゆっくりでいいから、教えてくれる?」
蜜璃は深月の方を向き、目を合わせ、手と同じように震える唇を動かす。
「深月ちゃんは、怖くないの?」
「えっ?」
深月は首を傾げる。
怖いなんて感情、ここ数年浮かんでいない。
それに、蜜璃が突然そんなことを言い出す意味がよくわからなかった。
「私はね、怖くなったの……」
蜜璃はぽつりぽつりと呟くように話し始めた。
深月が湯殿で気を失った際、見た傷跡。
夥しく痛々しいそれを見て、剣士になるのが少し怖くなった、とのことだった。
「私、ただでさえ、お見合いを断られて。それなのに、怪我しちゃったら、お嫁に行けないんじゃないかなって……あ、深月ちゃんは違うのよ!師範がいるし!」
「私のことは気にしなくていいよ」
深月は優しい笑みを浮かべる。
もともと、深月はどこかに嫁ぐ予定も願望もない。
杏寿郎に愛想を尽かされたら、と思うと不安だが、彼と添い遂げたいと思うほど身の程知らずでもない。
それよりも、と深月は続ける。
「お見合い、断られたの?蜜璃ちゃんが?」
こんなに素敵な人柄で、料理も上手で、可愛いのに。
深月には不思議でならなかった。
蜜璃は困ったように笑って、かつての見合いについて話す。
*****
力も強く、食べる量も多い。その上、髪色は奇抜。
そういった理由で、お見合いが破談になった経験がある。
そして、これは隠さねば、と思った。
髪を黒く染め、食べるのを我慢して、力も弱い振りをした。
すると、結婚したいという男性が現れたが、蜜璃は疑問に思ってしまった。
一生こうして生きていくのか。
自分が自分のまま居られる場所はないのか。
自分のことを好きになってくれる人はいないのか、と。
そして、剣士を目指すことになった。
*****
「添い遂げる殿方を見つけたいのも、守ってもらいたいのも本当で。でも、傷が残ったら、傷がある私を好きになってくれる人なんて、居ないんじゃないかって」
話ながら、蜜璃の目に涙が溜まる。
深月は、それを溢れる前に拭い、蜜璃を抱き締める。
「みんな、蜜璃ちゃんに嫉妬してるのね」
「え?」
唐突な深月の言葉に、蜜璃は呆ける。
深月は腕の力を緩め、蜜璃の向かいに座り直し、彼女の頬を両手で包む。
「蜜璃ちゃんが可愛くて、明るくて、料理上手で、その上頼もしいものだから、嫉妬してるのよ」
深月はふっと笑う。
「それにね、私の傷は、私が弱いからついたの。蜜璃ちゃんは強いから大丈夫!」
「私、強くなんかないわ」
「きっと強くなるの!それにね……」
深月は蜜璃から手を離し、胸の前でぎゅっと拳を握り締める。
「傷が残った程度で弾く男なんか、こっちから願い下げよ。いつかそういう男に遭遇したら、私に言いなさい。締めるから」
筋が浮かぶほど強く握り締められた拳を見て、蜜璃は一瞬顔を青ざめさせる。
しかしすぐに笑顔になって、深月に飛び付いた。
「ありがとう、深月ちゃん!私、頑張るね!」
「どういたしまして。応援してるからね」
深月は拳を解き、蜜璃の背中を優しく撫でる。
落ち込んだとき、杏寿郎がしてくれるように。
そして、以前の蜜璃の悲しい顔を思い浮かべる。
あれは、恐らく自身のお見合いのことを思い出していたのだろう。酷いことを言われ、断られたお見合い。
さらに、深月が杏寿郎に守られている状態に不満を持っているように見えて、将来のことが不安になったのだろう。
悪いことをした、と深月は反省する。
そして、目を伏せて微笑む。以前不安にさせてしまったことを、払拭しなければならない。
「蜜璃ちゃん。私ね、全然怖くないよ。ちゃんと幸せだから。蜜璃ちゃんのことも、そのままで好きになってくれる人が絶対居るよ」
「そうかな」
「絶対そうよ!私は蜜璃ちゃんのこと好きだもの!」
「深月ちゃん……」
蜜璃は、溜まっていた不安を流すように泣き出した。
深月は彼女が泣き止むまで、ずっと彼女の頭を撫で続けた。
蜜璃が最終選別を突破したのは、それから二週間後のことだった。
表紙 目次
main TOP