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第三章  十四


杏寿郎は自室であるものを取り出し、険しい顔でそれらを見つめる。

それらは、簪と紅が入った箱だった。

杏寿郎が深月に贈るために、漸く購入した物だ。

あとは着物の仕立てを待つだけだが、杏寿郎はいつ、何と言って贈ろうか、と悶々と考える。

蜜璃は最終選別を突破し、晴れて鬼殺隊の剣士となったため、以前のように煉獄家へ頻繁に足を運ぶことはなくなった。

自然と杏寿郎も昼間なら時間ができ、深月と話す機会も増えた。
彼女は相変わらず、昼間は家事に稽古、夜は任務と忙しい日々を送っているが、それでも杏寿郎と話す時間くらいはある。

杏寿郎の現在の階級は甲で、深月は先日乙になったばかり。
追い付かれつつあるが、杏寿郎の上となると最高位である柱だ。深月に追い付かれまいと思っても、柱になるには条件を満たすしかないので、これ以上焦りようがない。

着物が仕立て終えるまで、あと一週間。
一週間後に着物を受け取って、深月に大事な話をしよう。

杏寿郎がそんなことを決意していると、しばらくぶりに蜜璃が煉獄家を訪ねてきた。


*****


稽古場で、容赦なく蜜璃に打ち込む杏寿郎。
蜜璃はそれを受けているが、空腹のせいで顔が少し青い。おまけに、盛大に腹を鳴らしている。

彼女より先に杏寿郎と打ち込み稽古をしていた深月は、稽古場の隅でそれを眺める。

蜜璃は空腹を主張しているが、杏寿郎は「あとたった千回だ!」と言い放って蜜璃を鼓舞する。

たった千回とは、と深月は蜜璃に同情する。

そこで、稽古場の戸が開き、千寿郎が一息ついてはどうかと提案する。

「ありがとう、千寿郎く〜ん!」

蜜璃はすぐさま千寿郎に飛び付き、深月はそれを見て微笑む。

しかし、杏寿郎は叱るように声を上げる。

「こらこら、まだ終わってないぞ!」
「あ……兄上もいかがですか?薩摩芋のお菓子もありますよ?」

千寿郎が控えめに声を掛けると、杏寿郎は少し考えるように黙る。

深月は杏寿郎の側に駆け寄り、彼の顔をのぞきこみながらにこっと笑う。

「杏寿郎さん。せっかくですし、頂きましょう」
「……休憩だー!」

菓子に負けた杏寿郎がそう叫ぶと、蜜璃は飛び上がるほど喜ぶ。まるで、先程までの青い顔が嘘かのようだった。


*****


杏寿郎と蜜璃は縁側に腰掛け、深月と千寿郎が彼らに茶や菓子を差し出す。

庭には桜の木があり、風が吹く度花びらが舞う。

その花びらが蜜璃の髪色みたいで、そう思うと去年までは特に何も思わなかったのに、花びらが急に可愛く見えてきて、深月は自然と笑みをこぼす。

「深月、どうした?」
「いえ、なんでもありません。はい、どうぞ」

不思議そうに首を傾げる杏寿郎に、皿を手渡す深月。

皿の上には桜餅と薩摩芋の菓子が乗っていて、蜜璃はすでに何個か桜餅を食べている。
彼女の口の端にあんこが付いているのが見え、深月は蜜璃の側に移動する。

「蜜璃ちゃん、ちょっとごめんね」

そのあんこを指で拭って、もったいないからと口に運べば、蜜璃は瞬時に真っ赤になる。

「やだっ、深月ちゃんったら!」
「ふふ。蜜璃ちゃん、可愛いねえ」
「ええっ!?あ、ありがとう……」

蜜璃は少し俯き、恥ずかしさを誤魔化すようにまた桜餅を頬張る。
深月はそれを微笑ましく見守る。

一見すれば仲の良い友人同士といった様子だが、杏寿郎は内心少し焦る。

さすがに女性同士の蜜璃に深月を取られることはないだろうが、深月は蜜璃に構いすぎではないだろうか、と。
妹弟子が出来て可愛いのはわかるが、蜜璃が来てから半年以上、深月は杏寿郎より彼女を優先しがちだ。

いやこんなことで嫉妬するなど情けない、と気を取り直し、杏寿郎は手元の皿から薩摩芋の菓子を取る。

「良い香りだ!」
「“すいーとぽてと”という洋菓子です」

それは、蜜璃に作り方を教わり、千寿郎が作ったものだ。

「千寿郎君すごいわ!何でも作れちゃうんですもの」
「うんうん。器用よね!」

顔の赤みが引いた蜜璃が、明るい笑顔で千寿郎を褒め、それに深月も続く。
千寿郎は、嬉しそうに頬を赤らめながらも、照れたように眉を下げる。

その間に杏寿郎が一口ですいーとぽてとを食べ、一言。

「わっしょい!」

深月、千寿郎、蜜璃の三人は、それを笑顔で見上げる。
それだけでなく、蜜璃は楽しそうに拳を突き上げている。

そこで、杏寿郎が思い出したように深月と千寿郎を振り返った。

「そうだ!深月、千寿郎。あれを!」
「ああ、あれですね」
「はい」

深月と千寿郎は軽く返事をし、どこかへ行ってしまう。

事情を知らない蜜璃は菓子を口に入れながら、それを不思議そうに見送った。

深月と千寿郎はすぐ戻ってきて、千寿郎は高そうな箱を持っていた。
それを蜜璃の前に置き、深月が蓋を開け、中身を取り出す。

箱の中身は、羽織だった。
色も形も、杏寿郎や深月のものと同じだ。
違うところと言えば、大きさが蜜璃の身長に合わせてあるところぐらいだ。

蜜璃は羽織を持ち、それを見つめる。

「この羽織……」
「仕立てに時間がかかってしまった。遅くなったが、鬼殺隊士になったお祝いだ!」

杏寿郎がそう言うと、蜜璃は少し呆けて杏寿郎と深月、千寿郎をそれぞれ見つめる。

「改めておめでとう、甘露寺!」

杏寿郎はいつもの笑顔を浮かべ、蜜璃を見つめ返す。

わずか半年で最終選別を突破した蜜璃を素直に褒め、これからは師弟ではなく仲間として、共に歩み頑張っていこう、と伝える。

深月も杏寿郎に続いて、蜜璃に笑い掛ける。

「おめでとう、蜜璃ちゃん。本当にすごいと思う!」

呆けていた蜜璃の目に涙が浮かぶ。
しかし、彼女は心から嬉しそうに笑った。

「師範……いや、ありがとうございます。煉獄さん、深月ちゃん」

そして、蜜璃は嬉しさのあまり泣き出してしまう。

「私、精一杯頑張ります!」
「うむ!」

杏寿郎と深月は、蜜璃の背中を応援するように優しく叩いた。

すぐに泣き止んだ蜜璃は、「あっ」と声を上げ、立ち上がる。

「ちょっと待っててください!」

そう言ってどこかへ行き、戻ってきた彼女は隊服姿になっていた。
先程受け取った羽織も着て、恥ずかしそうだが嬉しそうに笑う。

「ぴったりです。煉獄さん!」

どうやら、隊服姿をお披露目するため、わざわざ着替えてきたらしい。

その隊服は、胸元が大きく開き、丈が異常に短かった。

暫しの沈黙が流れ、杏寿郎が少し青くなった顔で叫んだ。

「なんだその格好は!!」
「ええっ!?」

杏寿郎の予想外の反応に、蜜璃は驚き顔を赤くする。

これはどう考えても、蜜璃は自分と同じ被害に遭っている、と深月は痛む頭を片手で押さえた。





 




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