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第三章  十五


蜜璃が言うには、隠の人がこの隊服が公式だと説明していた、とのことだった。

「それに、深月ちゃんだって似たような隊服よね?」
「いや、そうなんだけど……」

話を振られ、深月は困ったように眉を下げる。

確かに、深月の隊服も未だに露出が多いままだ。
首に何か触れると呼吸がままならなくなるという心的外傷は、治ったかと思っていたが、それは杏寿郎限定だった。
他は緩くなったという程度で、完治はしていない。
隊服の襟がぴったりと首に触れれば、呼吸はしづらくなる。
それだけでなく、縫製係の前田は、あの手この手で通常の隊服を作ってくれない。

深月は、好きであの隊服を着ているわけではないのだ。

蜜璃に何と説明したものか、と深月が悩んでいる間に、杏寿郎は「公式なら仕方ないな!」と結論付けてしまう。

(え、私のときは動揺してたじゃない!?)

深月は嘘でしょ、と言いたげな顔で杏寿郎を見るが、蜜璃が安心したように笑うので、何も言えなくなった。
隣で困惑している千寿郎には、後できちんと説明しておこう、と心の中で決めておく。

杏寿郎の中で蜜璃の隊服についての話は既に終わったようで、彼は話題を変える。

「今日は稽古に付き合ってくれてありがとう!ところで、何か用があったので来たんじゃないのか?」
「あ……いや、用ってほどのものでも無いんですけど」

蜜璃は困り顔になり、言い淀む。
その様子がいつもと違って、深月は彼女を心配する。

しかし、そこで鎹烏の声が庭に響いた。

炎柱、柱合会議に至急迎え、と。

蜜璃は『柱合会議』という聞きなれない単語に首を傾げる。
杏寿郎は槇寿郎に伝令を伝えようと立ち上がり、千寿郎と深月は不安げにそれを見上げる。

槇寿郎は、部屋から殆ど出てこなくなった。
一日中酒を飲み、隊服に袖を通しているところなど久しく見ていない。

いつからこんなことになったのだろうか、と深月はぼんやり考える。

正確な日付までは記憶になかったが、ある日突然、槇寿郎は刀を持たなくなった。
酒に溺れる兆候はあったが、刀を持たなくなったのは突然のことだった。

「深月さん……」

気付けば杏寿郎の姿はなく、千寿郎が泣きそうな顔で見上げてきていて、深月は彼を安心させるように微笑む。

「私も様子を見てくるね。ちょっと待ってて」

そう言って、深月は杏寿郎の後を追った。


*****


「うるさい!!」

槇寿郎の部屋の前に差し掛かれば、何かが割れる大きな音と、槇寿郎の怒鳴り声が聞こえてきた。

俺に話し掛けるな。
どうせお前も対した人間にはなれない、と。

おそらく、いや、きっと杏寿郎に向かって怒鳴っているのだろう。
深月はそれを聞いて、胸が痛くなった。

槇寿郎は出会った頃から、確かに自分の息子にも深月にも冷たかったが、こういう怒鳴り方をする人ではなかった。
昔の彼の怒鳴り声には、幾分かの思い遣りが含まれていた。しかし、今の彼の怒鳴り声はそうじゃない。
ただ、怒りや不快感をぶつけるためだけの声を、杏寿郎に浴びせている。

「炎の呼吸も柱も、全て無駄なことだ!!下らない!!」

部屋の中の杏寿郎は、父の怒鳴り声を聞きながら、ちらりと部屋の隅に掛けてある羽織を見る。

炎を思わせる意匠の羽織。
幼い頃、あれは炎柱のみが纏うことを許されている、と母に教わった。

『貴方も父上のような立派な炎柱になるのです』

母の言葉を思い出しながら、杏寿郎は父の部屋を後にした。
廊下に出ると、暗い顔をした深月を見つけ、杏寿郎は困ったように笑う。

「君がそんな顔をしなくていいんだぞ」
「はい。すみません……」

俯きがちになる深月の手を取り、杏寿郎は歩き出す。

「大丈夫だ!父上は虫の居所が悪かったのだろう!」
「でも……でも、槇寿郎様、任務にも行かれなくなって……お食事もあまり召し上がらずに、お酒ばっかり……」

以前垣間見せていた優しさも、最近は殆ど感じられない。

もう、疲れてしまったのだろうか。立ち上がれなくなってしまったのだろうか。
このまま槇寿郎が復帰せず、酒に溺れたまま、体でも壊したらどうしよう。

そこまで考えて、深月は自分の気持ちに気付いた。

変わってしまった槇寿郎が怖いのではなく、心配なのだ、と。

それを察したのか、杏寿郎は深月の手をぎゅっと強く握る。

「大丈夫だ。きっと、大丈夫だ」

まるで自分自身に言い聞かせるかのように言う杏寿郎。

一体何を以て大丈夫だと判断しているのかわからない。

恐らく、彼も不安な気持ちや辛い気持ちがあるのだろう。しかし、杏寿郎がそれを表に出すことは一切無い。

そんな彼に、これ以上心配を掛けるまい、と深月は無理矢理笑顔を作った。





 




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