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第三章  十七


蜜璃にぶつかって、泣き出してしまった男の子。
蜜璃や深月がその子をあやそうとする前に、母親が飛んで来て、その子を庇うように抱き締める。

「ちょっと!うちの子に何するの!?」

その言葉は、蜜璃に向けられたものだった。
蜜璃は困惑するが、母親は蜜璃の髪色や刀に気付き、声を荒げる。

「人攫いだな!」

そこで、深月の額に青筋が浮かぶ。
ぶつかってきたのは男の子の方で、蜜璃は心配までしていた。それを見もせずに、蜜璃の髪色や刀だけで何を判断しているのだろうか、と内心怒る。

「警察に突き出して……」
「失礼!この子が転んで泣いていたもので!」
「え……あらやだ……そうだったの?」

母親が言いかけたところで、杏寿郎が男の子を抱き上げ、肩に乗せた。
あまりにもはっきり説明され、母親もしどろもどろになる。

杏寿郎の肩に乗ったことによって、彼よりより視線が高くなった男の子は、不思議そうな顔で杏寿郎の髪を見下ろす。

「へんなかみの毛……」
「うちは代々こうだ!きっとご先祖様が海老天を食べ過ぎたからだろう!」
「あはは。へんなの!」

男の子はいつの間にか機嫌が戻り、笑顔になる。
それを見て深月も冷静になり、母親に声を掛ける。

「大変失礼いたしました。御子息にお怪我は無さそうですが、足を捻っているかもしれませんので、様子を見てあげてください」

商家のお嬢様時代に身に付けた、外面用の柔らかな笑みを浮かべる。
深月の丁寧な物言いに、母親はさらにしどろもどろになる。

「いや、いいのよ……悪かったわね」
「いいえ、とんでもないことでございます。ただ……」

深月は言葉を切って、蜜璃を手で指し示す。

「どうか、この子は悪さをしない子だと、ご理解いただければ幸いです」

私の可愛い後輩なんです、と深月が微笑めば、母親は静かに頷き、男の子を連れて去っていった。

母子が去ってからも、蜜璃は暗い顔で俯いていた。
お見合いの時の光景が頭に浮かぶ。

『恐ろしい。まるで牛や猪だな。その髪色と言い、君を迎えたい男なんて一生現れやしないだろう』

冷たく言い放たれた言葉が、今も蜜璃の心の奥深くに突き刺さっている。
以前、深月に励まされて多少は心が晴れたが、見合い相手の言葉は消えてくれなかった。

今だって、髪色のせいで犯罪者と間違われた。

蜜璃の暗い顔に気付き、杏寿郎と深月は彼女に笑顔で声を掛ける。

「見た目など些末な問題だ!気に病む必要はない!」
「蜜璃ちゃんはいい子なんだから。ね?」
「はい……」

蜜璃は一応返事をするが、その声に元気はなかった。

彼らは気付いていない。
通りの向かいの建物。その窓の中に、時計がくくりつけられた爆弾があることに。

誰も気付かないうちに、時計の針は着実に進む。
そして、ある時刻を指し示した瞬間、爆弾は大きな音を立てて周囲を破壊した。
爆裂した火薬によって周辺が一瞬明るくなる。

杏寿郎と深月は咄嗟に蜜璃を庇う。

爆発は続き、また別の場所で爆裂音が響き、煙が上がる。
人々の悲痛な叫び声も聞こえてくる。

「煉獄さん!私、救助に……」
「待て!」

蜜璃が駆け出し、杏寿郎が彼女の襟首を掴んで引き留める。
間一髪、蜜璃の鼻先を何かが掠めた。音からして銃弾だろうか。

飛んできたそれの角度から、杏寿郎と深月は瞬時に鬼を発見し、そちらを振り向く。

鬼が居たのは、少し離れたところにある建物の屋上だった。

杏寿郎は跳躍する。
深月は蜜璃を連れ、付近の市民の救助に向かう。

一言も交わさずに、それぞれ行動する二人に、蜜璃は少し困惑する。

「深月ちゃん……煉獄さんは大丈夫かしら……」
「大丈夫。それに、市民の避難が最優先」

短く答えつつ、深月は近くで転んでいる女性を抱き起こし、周囲の人々に避難指示を出す。

蜜璃も深月から離れたところにいる市民の元へ駆け寄り、避難を促す。

しばらく二人で周囲の人々を避難させていると、また別の爆発が起こった。
そこは、鬼が居たはずの場所で、杏寿郎が向かった場所だった。

深月と蜜璃は爆発が起こった方を振り向く。
そこからは黒煙がもくもくと上がっていて、血塗れの下半身だけの体が起き上がっているのが見えた。

深月は唇を噛み締める。加勢に行きたいが、市民の避難は終わっていないし、目の前には頭から血を流している人もいる。
深月は迷うことなく、目の前の人間の手当てを始めた。

それを見た蜜璃は、刀に手を掛け、走り出す。
しかし、髪を何者かに掴まれ、彼女の足は止まる。

「貴様やはり煉獄の部下か?煉獄と同じく品の無い髪の毛だな」

おぞましい声が背後から聞こえてきて、そのまま髪を引っ張られて地面に叩きつけられる。
そして、額に銃口を押し付けられ、蜜璃は顔を真っ青にする。

引き倒された時点では、その何者か──鬼は上半身裸だったのに、ズズと影のようなものが鬼の体を纏い、帽子や外套に変わっていく。

鬼が言うことには、杏寿郎は虫の息だが生きているらしい。

「こんな簡単に死なれては困る。復讐は奴が最も苦しむ方法で完遂せねばならん」

蜜璃に銃口を突きつけたまま、鬼は嬉しそうに顔を歪める。
蜜璃の頭を固定するためか、彼女の顔に足を乗せて、ぺらぺらと喋り続ける。

杏寿郎の目の前で、同僚家族を拷問して殺すのだ、と。
これから蜜璃に人間でいられる限界の苦痛を与えるのだ、と。

「お前の人生は俺の復讐に消費される。お前のせいだ。鬼殺隊に入ったお前の責任だ」

鬼の話は続き、蜜璃の顔はどんどん血の気が引いていく。

「惨めだなあ。惨めだなあ。誰にも知られず、誰にも認められず、貴様ら鬼殺隊は惨めに死ぬだけだ」

蜜璃の目にじんわりと涙が浮かぶ。
涙と共に脳内に浮かんだのは、見合いが破断し、自分の見た目や力に絶望していた頃のこと。

自分は普通じゃなくて、おかしくて。
こんな自分を自分のまま愛してくれる人など一生現れないと、無理をして嘘を吐いていた頃のこと。

そこで、彼女を照らすように、炎を思わせる斬撃が二つ走った。

鬼はそれから逃げるように横に跳ぶ。
一つは鬼の首を、もう一つは鬼の胸を掠めた。

鬼から蜜璃を守るように立ちはだかったのは、ぼろぼろの杏寿郎と、市民の避難を終えた深月だった。





 




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