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第三章 十八
自分を守るように立ちはだかった二人の背中を、蜜璃は見つめる。
「たとえ認められずとも、鬼から人を守る為に戦う。それが鬼殺隊だ!」
杏寿郎は鬼に向かって言いながら、父の背中を思い出す。
母の亡骸の側で、ずっと座っていた父の背中を。
「どれだけ惨めだろうと、俺は俺の責務を全うする!」
杏寿郎の言葉に、鬼は不快そうに眉をひそめる。
「煉獄さん、深月ちゃん……!」
蜜璃は震える足を無視して、なんとか立ち上がり、二人に声を掛ける。
杏寿郎はその気配を背中で感じながら、鬼から目を逸らさずに、淡々と指示を出す。
「立てるか、甘露寺。指令を変更する」
今、帝都中に鬼が仕掛けた爆弾が設置されている。
蜜璃は他の隊士と共にその解除にあたるように、と。
「私もそっちでいいですか?」
「ああ。同時に怪我人の救助を頼む」
「はい。お任せください」
深月は力強く頷く。
彼女は、今でも時間があれば蝶屋敷に行き、怪我人の治療方法を習っている。
任務の度に、隠の手伝いなどもして、手当ての練習もしている。
自分に出来ることを少しでも増やそうと、努力を惜しまずにいた。
杏寿郎もそれを知っているから、深月に怪我人の救助を任せたのだ。
杏寿郎は真っ直ぐ鬼を見据えたまま続ける。
「何故だかわからないが、奴は俺に固執している。俺が倒す」
そういうことなら、杏寿郎が戦いに専念できるよう、全力を尽くさねばならない。
深月と蜜璃は、それぞれの責務を全うすべく、別々の方向へ去っていった。
それを気にもかけず、鬼は杏寿郎を嘲るように笑う。
「倒すだと?俺の首は絶対に斬れない」
剣を極めても銃器には勝てないように、鬼殺隊が鬼に勝てるわけがない。
そう言いつつ、銃を構え直す。
杏寿郎は、今度は幼き日の母の言葉を思い出していた。
『いいですか、杏寿郎。煉獄家は代々続く鬼狩りの一族。炎柱の雅号は、我らの誇りでもあります』
あれは、今のような桜の季節で、花見に行ったときのことだっただろうか。
父のような立派な柱を目指すように言われた。
『心に炎を宿すのです』と。
杏寿郎は母の言葉を胸に、いつだって精進してきた。
責務を全うし、己の指名を果たすために。
「……誰と勘違いしているか知らないが、俺の名は煉獄杏寿郎だ」
杏寿郎は、刀を握る手に一層力を込める。
「来い!お前の怨恨ごと俺が斬り伏せる!」
強く叫んだその声は、少し離れた深月の耳にも届いていた。
*****
爆弾は、至る所に仕掛けてあった。
その一つ一つが、おそらく何人も死傷者を出す威力を持っていて、放置したら一体どれだけの被害が出るか見当もつかない。
鎹烏が見つけたそれらを、決められた手順通りに解除して、怪我人を見つけたら手当てをする。
そのうち、地面から狼のようなものが出て来るようになり、それも斬り伏せる。
しかし、この狼は鬼の異能の一種なのか、刀を取り込んでくるので、簡単には斬れない。毒で弱らせ、隙をついて両断する。
あまりの忙しさに、深月は目が回りそうだった。
しかし、杏寿郎に任された以上、文句も言わずに帝都を駆け回る。
途中、狼に囲まれている仲間を発見し、毒針を狼に投擲する。仲間には一切当たらぬよう、正確に。
狼の動きが止まったところで、片っ端から斬り伏せる。
それでも、斬っても斬っても涌いてくるので切りがない。
仲間を見捨てる訳にはいかないが、市民の救助も爆弾の解除も終わっていない。
深月は懐から毒の入った小瓶をいくつか取り出し、近くの隊士に預ける。
「これを刀に塗って!狼の動きが止まるから!私は他に行く!頑張ろう!」
「……はいっ!」
仲間たちの返事を聞いてから、深月は跳躍する。
これで、深月の手持ちの毒は、暗器に仕込んでいる分だけになった。
その暗器も、針と錐は使いきった。
だが、止まっていられない。深月は日輪刀を強く握り、次の爆弾のもとへ走った。
*****
一方、蜜璃も爆弾を発見し、早速解除に取り掛かろうとしていた。
その時、彼女を取り囲むように狼が現れ、蜜璃は日輪刀を抜いて叩き付ける。
しかし、刀はずぶずぶと狼に取り込まれ、斬れる気配がない。
これでは駄目だ、と蜜璃は刀を狼から引き抜くべく力を込める。
練習通りに呼吸を使おうとするが、不意に狼が太腿に噛み付いてきて、突然の痛みに地面にへたりこむ。
せめて、爆弾は離さないようにぎゅっと握り締める。
迫ってくる狼ども。
炎の呼吸を上手く使えない自分。
(ここも私の居場所じゃないのかも)
涙が溢れるのは恐怖からか、絶望からか。
自分でもわからず、蜜璃は心の中で杏寿郎や深月に助けを求める。
「蜜璃ちゃん!」
名前を呼ばれ、蜜璃は顔を上げる。
そこには、深月が居た。
狼は殆ど斬り伏せてあり、深月も少し息を切らしてはいるが、目立った怪我はない。
その姿を見て安心した蜜璃は、深月に手を伸ばす。
しかし、深月はその手を取らずに、淡々と言い放つ。
「脚、痛むだろうけど立って。まだ任務は終わってない」
「あっ……」
修行時代は優しかった深月だが、任務中に蜜璃を甘やかすつもりはなかった。
先輩として彼女を守りはするが、一人で立てないようでは剣士としてやっていけないだろう。
「立って。まだ頑張れるよね?」
今まで見たこともない深月の厳しさに、蜜璃が顔を青くしていると、どこからか悲痛な叫び声が聞こえてきた。
深月と蜜璃が声が聞こえてきた方を振り向くと、母子が狼に囲まれていた。
母は息子を逃がそうとし、息子は母を守ろうと木の棒を振り回している。
彼らは、任務前に遭遇した母子だ。
母は転んで泣いている息子を見て、蜜璃を犯罪者扱いしていたが、杏寿郎が息子をあやすと申し訳なさそうに去っていった。
そんな彼らが、今にも狼に襲われそうになっている。
深月も蜜璃も、気付けば、考えるよりも先に体が動いていた。
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