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第三章  二十


爆弾を解除し、狼も全て斬り伏せた深月は、怪我人の救助を隠に引き継ぎ、杏寿郎の元へ駆け付けた。

そして、息を呑んだ。

鬼はいつの間にか狼のような姿になっている。
今まで遭遇した狼と同じようなその体は、おそらく刀を取り込むのだろう。

杏寿郎のことは、一瞬槇寿郎と見間違えた。
玖ノ型の構えをしている彼の羽織の裾が破れ、血で赤く染まっていたから、まるで炎柱の羽織を纏っているかのようだ。

深月が息を呑んでいる間に、杏寿郎と鬼がぶつかる。

杏寿郎は、相手の血鬼術を焼き払うかのような渾身の斬撃を繰り出し、深月が加勢する間もなく、鬼の首を斬り落とした。

鬼の体は崩れていき、灰となって散っていく。

それを見て、深月の目に涙が溜まる。

杏寿郎が下弦の弐を、十二鬼月を倒した。
つまり、これで杏寿郎は柱になる条件を満たしたのだ。

嬉しくて、でも少し寂しくて悔しくて、深月が複雑そうに微笑むと、彼女の目尻から涙が溢れた。

杏寿郎は荒く呼吸をし、まだ倒れるわけにはいかない、と足に力を込める。
しかし、その体は前のめりに傾いていて、既に倒れ始めていた。

倒れる彼の体を受け止めたのは、蜜璃だった。
蜜璃以外にも、任務に当たった隊士達が続々と杏寿郎の周りに集まっていく。

その様子を少し遠目で見ながら、深月は涙を拭い、彼らに駆け寄る。

近くまで行くと、何やら隊士が騒いでいた。
どうやら、蜜璃が感動のあまり杏寿郎をがっちり抱き締めていて、離れないらしい。

杏寿郎はというと、朝陽の方をぼんやりと見ている。
『炎柱になる』という、亡き母との約束を果たせることを、心の中で噛み締めている。

早く治療しないと杏寿郎が死んでしまう、と隊士は騒ぎ続ける。

深月は困ったように笑い、蜜璃の頭を撫でる。

「蜜璃ちゃん。杏寿郎さんの手当てをしたいから、少し力緩めてくれる?」
「深月ちゃん!煉獄さんが柱に!」
「うん。嬉しいね」

なんとか蜜璃を宥め、腕の力を緩めてもらう。

「深月……」

深月が懐から医療道具を出し、杏寿郎の傷を確認しようとしたところ、杏寿郎が小さな声で深月を呼んだ。

「はい。ここに居ますよ」

意識があるのは幸いだ。このまま会話して意識を保ってもらおう、と深月は答える。
答えながら、杏寿郎の隊服の釦を外し、少し脱がせてから傷を確認する。

大きな傷から止血するか──いや、いっそ縫ってしまうか、と糸や針を取り出す。

杏寿郎は深月の姿を視界に捉える。
彼女の腕や足から血が滲んでいるのが見えて、心配そうに口を開く。

「深月、怪我を……」
「大丈夫ですよ。杏寿郎さんよりは軽傷ですから」

杏寿郎の方が随分重傷なのに心配してくれるのか、と深月はくすっと笑う。

「あ、ここら辺縫っちゃうので、動かないでくださいね」

そして、杏寿郎の傷の周囲をそっとなぞる。

「ああ、わかった……」

その手や話し声がなんだか心地好くて、杏寿郎は返事をしながらも、朦朧とする頭で考える。

自分は条件を満たしたので、柱になれる。
深月は一緒に喜んでくれるだろうか。
それとも、悔しがって、拗ねて、口をきいてくれなくなるだろうか。

もし、口をきいてくれなくなったら困る。
簪と紅は買ったし、着物ももうすぐ仕立て終わるはずだから。

杏寿郎は、部屋に隠している簪と紅を思い浮かべる。
深月に似合うもので、深月が好みそうなものを一つずつ買った。
着物も同様に、悩んで悩んで、悩みぬいて選んだ物だ。
どれも安くはないが、深月に怒られるほど高いわけでもない。
品物自体はきっと気に入ってくれるだろう。

しかし、口をきいてくれなくなったら、またしばらく渡せなくなる。
もう何ヵ月も言えずにいるのだ。また先延ばしにするのは御免だ。

「深月。結婚しよう」

気付けば、そう口にしていた。
そして、その言葉を口にできたことで安心し、杏寿郎は意識を失った。

「えっ」

深月は硬直する。何を言われたのか、すぐに理解できなかった。

蜜璃や他の隊士の視線が、杏寿郎の代わりに返事を待って深月に集中する。

「え、いや、その……えっと……」

理解が追い付いてきた深月は耳や首どころか、指先まで赤くする。
恥ずかしそうな彼女の顔は、年相応の娘のものだった。

蜜璃や他の隊士の前で、何てことを言うのか。

そもそも、こんな自分と結婚だなんて。
元の家柄も良くはない。今は煉獄家に置いてもらってるが、本当は身寄りがない。月のものが不順すぎて、子を産めるかもわからない。こんな傷物を嫁にもらったって、世間体も良くない。
自分は杏寿郎に相応しくない。彼であれば、もっと良い縁談がたくさん来るはずだ。

でも、すごく嬉しい。
駄目なはずなのに、嬉しくてしょうがない。

そんなことがぐるぐると脳内を駆け巡って、深月は思わず、準備していた針を握ってしまう。

「痛った!!」
「深月ちゃん、大丈夫!?」

蜜璃は慌てて深月の手を開く。針は指先にがっつり刺さっていた。

「抜いちゃうわね」
「うん、ありがとう……」

深月は真っ赤なまま笑い、蜜璃は不安そうに針を抜く。

そのまま、深月は杏寿郎の治療を再開しようとして、他の隊士に止められる。

「自分の怪我を消毒……いや、止血してください!」
「え?あれ……」

指摘され、深月は自分の指先を見る。
だらだらと流れる血。それは指から掌、手首まで伝っている。刺さった角度が良くなかったらしい。

「だ、大丈夫!大丈夫!」

そう言って、深月は懐からまた別の針を取り出すが、血で滑って上手く持てない。手も震えている。
出血は多いが小さい傷なのに、呼吸による止血もままならない。

隊士の一人が、呆れたように溜め息を吐いた。

「駄目だ、こりゃ。交代しましょう」

深月は使い物にならなくなったと判断され、杏寿郎の治療は他の隊士や隠が引き継いだ。





 




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