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第三章  二四


目の前で畳に突っ伏している深月。
その子どものような行動に、杏寿郎は苦笑して、彼女の頭を撫でる。

「そんなことがどうでもよくなるくらい、俺は深月が好きなんだ」

畳に突っ伏したままの深月の肩がびくっと跳ねる。
しかし、起き上がる気配はないので、杏寿郎はそのまま続ける。

杏寿郎の気持ちと、煉獄家は関係ない、と。
確かに、杏寿郎の立場上、結婚相手の家柄は大切かもしれない。世間体も悪いかもしれない。

だが、そんなことを気にするのであれば、初めから深月と恋仲になどならなかったし、贈り物を用意してまで求婚もしなかった。

「俺は、深月の家柄ではなく、深月自身を好きになったんだ」

子は欲しいが、それは煉獄家の跡取りではなく、自分と深月の子だから欲しいのだ。

授からなければそれでもいいし、どうしても気になるなた養子を取ってもいい。千寿郎もいるから血が途絶えることもないだろう。

「傷跡だって、君の強さと優しさの証だろう。深月が、たくさんの人を救ってきた証だ。何度見ても、綺麗だと思う。それに文句を言う者が居れば、俺が黙らせよう」

そして、槇寿郎だが、それは一番問題ない。
相変わらず深月は忘れているが、彼女が煉獄家に来たときに槇寿郎が出した条件は、『修行の成果が出なければ杏寿郎の嫁にする』というものだった。
しかも、過程を飛ばして、さっさと嫁にしようとしていた。
あの時点で、槇寿郎は深月の傷のことも家のことも知っていたので、今更気にするわけもない。

昔、「炎柱は自分の代で終わりだ」とも言っていたから、跡取りを早く産めと強要することもないだろう。

「問題ないだろう?」

杏寿郎がそう言って笑うと、深月はぐっと言葉に詰まる。

突っ伏したままの顔は、耳まで赤く染まっている。

杏寿郎がこんなに自分のことを想って、考えてくれているなんて思わなかった。
あれこれ悩んでいたのが馬鹿みたいだ。

杏寿郎は最初から、深月自身を見てくれていた。
深月は、いつの間にか『鬼狩りの名門 煉獄家』を通して杏寿郎を見ていた。

申し訳なくて、恥ずかしくて、嬉しくて、深月は顔から火が出そうだった。

止めを刺すように、杏寿郎は言う。

「それとも、深月は結婚する気もないのに、俺を受け入れていたのか?俺に囲ってもらうつもりだったのか?」
「そ、そんな言い方……!」

さすがに、そんなふしだらな女みたいな言い方をされると、納得行かない。
深月はばっと起き上がり、眉を下げて杏寿郎を見つめる。

耳まで赤くして、そんなこと言わないで、と言いたげな、すがり付くような目。

それを見て、杏寿郎は軽く吹き出す。

「人の顔見て笑わないでください!」
「すまん、すまん。あまりにも可愛い顔をしているからな」

くつくつと笑う杏寿郎。

深月はもともと赤かった顔をさらに真っ赤にし、杏寿郎から顔を背ける。
少し考え込んでから、深呼吸して口を開く。

「……贈り物、嬉しいです。その、求婚も嬉しいです。ありがとうございます」
「ああ」

そっぽを向いたまま話す深月に、杏寿郎は愛おしそうに目を細める。

「今すぐに結婚は考えられないかもしれませんけど……でも、いつかお受けできれば、とは思います」

本当は、今すぐ受けた方がいいのだろう、と深月は思った。
気持ちの整理はある程度ついた。悩んでいたことは、杏寿郎のおかげで解消されつつある。

しかし、今すぐとなるとどうにも怖じ気づいてしまう。
杏寿郎の妻だなんて大役、自分に務まるか不安になる。ただでさえ、我儘を言って困らせてばかりなのに。

だから、その不安を拭い去れる自分になるまで、少しだけ待ってほしかった。

先延ばしにして、杏寿郎は怒っていないだろうか、と深月はちらりと彼の方を見る。

「本当か!?」

杏寿郎は、怒っていないどころか、嬉しそうに目を輝かせていた。
予想外の反応に深月が惚けていると、杏寿郎が飛び付いてくる。

「ありがとう、深月!君の気が済むまで、何日でも、何年でも待つ!」
「きょ、杏寿郎さん……」
「深月。愛している。もう、一生離さないからな」

そんなことを耳元で囁かれ、深月は心臓がうるさくなるのを感じた。

気付けば、杏寿郎は少し離れていて、深月の顎を掴んでいた。

確かにそういう流れになるか、と深月は目を閉じる。
杏寿郎も微笑んで目を閉じ、深月の唇に自身のそれを重ねる。

何度か短く口付けてから、ぺろりと深月の唇を舐める。
それを合図に深月の口が僅かに開くので、舌を侵入させ、口内を舐め回す。

杏寿郎はうっすら目を開ける。
すると、目をぎゅっと閉じて、びくびくと震える深月が視界に入る。
それが可愛くて、愛しくて、深月が欲しくなった。

杏寿郎は深月の隊服の釦に手を掛ける。
通常の隊服より少ないそれを一つ二つと外し、スカートから上着やシャツを抜く。

それに気付いた深月は、慌てて杏寿郎の胸を押して距離を取る。これ以上を許可するつもりはなかった。

「そ、それはだめ……」

自分の手によって衣服を乱された深月が、頬を染めて、困った顔で見上げてくる。
それが余計脳を甘く刺激して、杏寿郎は思わず深月を押し倒す。

「ええ!?だめですって!」
「しかし、もう長い間深月に触れていない」

熱の篭った双眸で見下ろされ、胸がきゅんと締め付けられるが、深月はやはり拒否をする。

「とにかく、今はだめ!槇寿郎様と千寿郎君のところに行かないと……」
「むう」

杏寿郎は長く息を吐き、渋々といった体で深月の上から退く。

深月は起き上がり、衣服を整えて、部屋を後にしようと立ち上がる。

杏寿郎は深月を見上げ、引き留めて尋ねる。

「深月。今夜、指令は来ているか?」
「いえ、今のところ何も」

深月は杏寿郎を見下ろし、何故そんなことを聞くのか、と不思議そうに答える。

「俺も今日、この後は休みだ」
「そうですか。じゃあ、夕餉は頑張って作りますね」

『この後は』という言い方が、まるで今までは休みじゃなかったかような言い方でなんだか気になったが、深月は笑顔で応える。

この流れでも言わなければわからないのか、と杏寿郎は立ち上がり、深月の耳に口を寄せて囁く。

「今夜、君を抱く。絶対だ。逃げるんじゃないぞ」

そこで、漸く杏寿郎の質問の意図を理解した深月は、「ひゃい」と回らなくなった舌で情けない返事をする。

「ああ、それと……」

杏寿郎は深月から一旦離れ、妖しく笑って額を合わせる。

「明日も休みを取りなさい。きっと、任務には行けないだろうから」
「ひっ……」

今夜、自分は何をされるんだろうか、と深月は不安そうに眉を下げた。





 




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